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季節外れの嵐

 5月の台風が4年ぶりに接近したせいで、今朝はものすごい嵐でした。
 雨戸を開けると、庭の緑は無造作に乱れ、植木鉢や農具が散乱していました。
 古典の世界では、台風のことを野分(のわき)と言います。文字通り、野をかき分けるほどの強風ということです。
『源氏物語』には「野分」という巻があります。特に事件が起こるというわけでもないのに、印象深い巻でもあります。
 光源氏の息子の夕霧が、父の邸宅である六条院を訪れた時のこと。この日はいつもよりも大きな野分が過ぎたばかりで、六条院の様子もいつもと違います。父の住居の方に歩いて行くと、いつも立ててある屏風が畳んであり、そこに紫の上の姿を垣間見るのです。
 平安時代の貴族女性は、祭りや禊などの特別な場合を除いて外に出ることはありません。普段は御簾の内側にいて、夫以外の男性には、決して顔をさらしませんでした。
 義母である紫の上の顔を見たことがなかった夕霧にとって、その美しさは衝撃的でした。
 
春の曙の霞の間より、おもしろき樺桜の咲き乱れたるを見る心地す。
 
 春の夜明けの霞の中から、風情のある樺桜が咲き乱れるのを見る気がする。つまり、野分がもたらした非日常によって、夕霧は封印された美を目の当たりにするのです。
「野分」の巻には、そのようにして、紫の上の美が描いてあります。
 そういえば、私の家の荒れた庭にも、風情があるような気もします。自然がもたらす非日常の中に、普段は見えない本質がふと垣間見られる、野分とはそういうものなのかもしれません。
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Author:スリーアローズ
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