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鎌倉物語 2

 ローカル線は次の駅に停車している。カメラは線路を離れて周辺に広がる海の景色を映している。理想的とも言えるほどの青空が広がり、海面はその青さを鏡のように反映し、波は白い飛沫をあげている。その情景を見ていると、ふと源実朝の和歌を思い出す。明子が鎌倉の話をしたからだ。
 
大海の磯もとどろによする波 われてくだけて裂けて散るかも
 
 僕はどちらかといえば理系の人間で、特に文学に興味があるというわけでもないが、頭の中に残っている和歌や漢詩の一つ二つくらいはある。この実朝の短歌もそのうちの一つだ。
 実朝は元々将軍になるような豪傑ではなく、父の頼朝や兄の頼家と同じように自分も暗殺される運命だと幼い頃から予感していた、そんなエピソードをどこかで読んだことがある。
 果たして実朝は、その予感通り、鶴岡八幡宮の石段で公暁に首を取られた。公暁とは彼の甥だった。
 僕の記憶からこの和歌が消えなかったのは、ある種のインパクトがあったからに他ならないが、それでも、今、明子の隣で思い出すとは、不思議な偶然を感じる。
 もちろんテレビの中の景色には実朝暗殺に結びつくような不吉な世界は微塵も感じられない。そこにあるのは胸がすくほどに美しい海岸線の光景だ。しかしえてして美しいものの裏側にはそれにふさわしい影が張り付いているというのが僕の捉え方だ。
 ふと明子に目をやると、彼女はテレビに目を向けていながら、画面を見てはいない。明子は時々こういう顔をする。その時、彼女の瞳の中には誰も存在しない。
 しばらくして彼女は、抑揚なくこう言う。
「仕事のお休み、とれる?」
「有給休暇ならたっぷり余ってるよ」
そう返した後、僕はソファを立ってキッチンへ移動し、冷蔵庫から取り出したジンジャー・エールをラッパ飲みした。
 明子は休日には外へ出たがらない。彼女とつき合い始めて三年経つが、二人で外出するのはもっぱら平日と決まっている。彼女はいつも仕事のある僕に気を遣っているように見せているが、その言いぶりからは、僕と二人で休日の人混みを歩くのを避けていることが伝わってくる。
「ということは、鎌倉に行くというのは現実的な話なんだね?」
 僕はそう言いながらソファの背もたれから出ている彼女の後ろ頭を見た。
 明子は半分だけ顔をこちらに向けて応えた。
「でも、今晩、よく考えてみて、それから決めることにするわ」
 僕の方もいつしかその気になっていた。ただ漫然と過ぎるだけの日常生活の流れを変えるのには悪くないアイデアだと思った。
「いい返事を待ってる」
 僕が言うと、明子は頬を緩めてそっと立ち上がり、コットンのカーディガンを羽織った。それからいつものように僕に軽くキスをしたあと、今日もありがとうまた来るわと言い残して、ドアの向こうの夕闇の中に消えていった・・・
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