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鎌倉物語 6

 途中に現れた小さな門の先には、さらに石段が続いている。入念な構造だ。両脇には巨大な杉の木立が迫っていて、辺りはいっそう暗くなり空気も冴え渡っている。
 この石段の頂上には楼閣が立っているらしく、すでに僕たちを見下ろしている。一歩ずつ近づくにつれて、ずいぶんと大がかりな建物だということが明らかになる。
 ついに石段を登り切ったとき、それは息を呑むほどに美しい木造の門だと分かった。陽光を跳ね返す屋根の先端は流麗に反り上がっていて、窓など細部の意匠もなかなか凝っている。
「円覚寺山門。このお寺の顔とも言える建物ね」
 明子が隣で言った。
「こんな林の中に突然現れるんだね」
 僕は息が切れている。冷静な明子とは対照的だ。
「禅宗のお寺はこの山門に大きな意味をもたせてあるのよ」
「というと?」
「禅の世界ってね、例えば浄土真宗みたいに念仏を唱えれば誰でも極楽浄土に行けるというような懐の深さを持ってないの。つまり、確固たる覚悟を持って寺に入らなければならない、覚悟のない者は寄せ付けないの。だからお寺に入る前に、入門者自身に自らの心を確認させるという意味があるのよ」
 僕は改めて全体に目を行き渡らせた。大した覚悟などない僕がここをくぐってもいいのだろうかと思う。すると明子は僕を気にも留めずにすたすたと境内に入っていった。慌ててついていこうとしたら敷居につまずいた。明子は振り向いて苦笑をにじませた。
 周囲を取り囲む木立からは小鳥のさえずりが響き渡り、線香がほのかに香っている。明子は何も言いはしなかったが、全身から開放感がみなぎっているのは一目瞭然だった。
 彼女の日々の暮らしは、精神面においても肉体面においても、様々な枷によって制限を受けている。僕には、時にその枷は彼女自身が自らに課しているようにも映る。彼女は過去を忘れるべきなのだ。もし忘れ去ることができないのなら、せめてそこに目を向けないようにして、残された人生の方にスポットライトを当ててほしいといつも願っている。
 しかし彼女は僕の願いとは常に逆の方向に進もうとする。その姿に触れるたびにどうしようもなくやるせない気分に陥ってしまう。さっき電車の中で彼女が言っていた「たまらなさ」を実は僕も抱えている。
 すると、土を踏む明子の足音がぴたりと止まった。ふと顔を上げると、ひときわ大きな建物がそびえている。
「本堂だな」
「禅宗のお寺の本堂は、仏殿って呼ぶのよ。禅寺は修行の場でもあるわけだから、建物の役割が細かく分けられてるの」
 明子の声を聞きながら堂内に安置されている仏像と対峙した。そこには炎のような形の冠を被った像が立っている。僕が見てきた仏像の中でもずいぶんと人間らしい表情をしていて、まるで睨みつけるかのような形相でこっちを向いている。思わず背筋がぴんと伸びる。
「釈迦如来像ね」
 明子のつぶやきが堂の内部に小さく響く。
「修業の場だからこんなおっかない顔をしてるのかな?」
「どうなんだろう?」
 明子はうつろなまなざしを仏像に向けた。
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