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鎌倉物語 7

「だって、禅の中心教義は『空』であり『無』であるわけだから、こんな顔で睨まれるのはふさわしくないような気がする。何もない、ただ空っぽの部屋で、ひたすら座禅を組む方がそれっぽいと私は思うけど」
「でも俺なんかは人間的に弱いから、空っぽの部屋に放り込まれたら手を抜きそうだな。怖い顔で睨まれた方が修行になりそうだ」
 僕は率直なところを述べた。
 そういえば今の仕事に就いてまもなくの頃、学生時代の友達と二人でインドへ行って、ペナレスの寺院を廻ったことがあった。この釈迦如来像の表情はあの時に見たヒンドゥーの神々に近いような気がした。
「人間は弱い存在・・・たしかに、その通りだと思う。だから死ぬまで修行しなければいけないのよ」
 ペナレスの街角を思い起こしていた僕の意識は、明子の言葉によって、再び現実の重みを感じることになった。
「俺の言葉には別に深い意味なんてないんだから、そんなところで引っかからなくていいよ」
 本当はそう言いたいところだった。
 明子がきびすを返したのはそれからしばらくしてのことだった。彼女は何の未練もなく仏殿を離れ次の順路を進み始めた。外へ出ると、仏殿の暗がりにいたせいか、空はよりまぶしく感じられ、参拝する人も増えているように思われた。
「円覚寺の魅力って、伽藍にあると思うの」
 明子は何事もなかったかのようにそう言った。その横顔に僕は安堵した。
 今日の明子は僕の知っている彼女とは少し違う。表情は総じておだやかで、何より饒舌だ。おそらくこれが本来の姿なのだろう。
「ところで、伽藍って、何だっけ?」
 彼女の少し後ろを歩きながら聞く。
「お寺の建物のことよ。これくらいのお寺になると、いくつもの建物が配置されているでしょ、特にこの円覚寺はその一つ一つが調和していると私は思うの。きっちりと計算して造られてるのよね、きっと」
 広大な境内を見渡してみる。明子の言う伽藍が、目の前に迫力を持って並んでいる。こうしてみると、荘厳な山門で仕切られた寺の内側には、それだけで完結した世界が存在しているようにも感じられる。一見何かのテーマパークのようでもある。
 すると、左手に大きな池が現れた。妙香池という看板が立っている。
「ただの池じゃないな」
 立ち止まってそう言うと、明子は池の畔に設置してある説明板を読み始めた。
「へぇ、この池は夢窓疎石が作ったんだ」
 明子はふだんよりも高めの声を上げた。その人物は誰だと聞くと、彼女は説明板に目をやったまま答え始めた。
「鎌倉時代の禅僧よ。南禅寺とか、京都でも相当レベルの高いお寺の住職を務めた人。庭師としても超一流で、たしか西芳寺の庭園にも関わってるはずよ、ほら、きれいな緑色の苔が生えている有名なお寺」
 明子は満足げに説明し、それから再び池に視線を落とした。緑色の水面は、周りの木立を映してよりいっそう深い緑を湛えている。その色合いは、底なし沼を連想させた。 
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