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鎌倉物語 8

 明子は説明板から目を離し、池の底を覗き込むようにしながらこう言った。
「やっぱり鎌倉と京都はつながってたんだね」
「それって、驚くことなの?」
「だって、鎌倉に幕府があった頃にも、天皇は京都にいたわけでしょ。当然両者は敵対してた。実際、幕府と朝廷の間で何度か争乱も起こってるし」
「そういえば、ある天皇がどこかの島に流されたっていう話を聞いたことがあるな。今じゃ考えられないけどね」 
「争い事になると、やっぱり武器の使い方に長ける幕府の方が強いのよ。それでも、当時の文化人の多くは天皇のいる京都に残った。藤原定家も鴨長明も兼好法師も。でも、僧侶をはじめ、多くの人たちは京都と鎌倉を行ったり来たりして、文化をつないでいたのね」
 緑色の水面に、帽子をかぶった明子の姿がくっきりと映っている。
「君は大学で歴史も勉強したんだね」
 竹で組まれた柵に手を置き、池に映る明子を見ながら問いかけた。すると彼女はゆっくりと首を振った。
「大学の時に研究してたことなんて、もう思い出せない。そもそも歴史と文学というのは似ているようで全然違うものだし」
 僕は彼女の横顔に視線を移した。その瞳には再びうつろな色がにじんでいる。
「私が歴史に興味を持つようになったのは、大学を卒業してからずっと後のことで、禅の思想に惹かれたのがきっかけなのよ。あなたにも言ったことがあるかもしれないけど、本気で出家を考えたことがあるの」
 明子はさみしげに笑った。

 今回の旅で明子についての印象がほんの少しだけだが変わった。ふだんから彼女は、彼女にしか見えない世界を抱え込んで生きている。それはたぶん、さっき横須賀線の中で話していた「たまらなさ」の世界だ。僕はその部分も含めて彼女を愛してきた。いやむしろ、そういう部分があるからこそ、彼女に惹かれてきたのだ。
 しかし鎌倉に来てからというもの、日頃はなかなか見せない一面を覗かせている。それはまるで虫かごから解放された蝶を連想させる。
 再び池に視線を落とすと、水面の緑はさらに深みを増したような気がした。
「鎌倉時代の末期には世の中の秩序が乱れて、僧侶たちもずいぶんと堕落していたようだけど、この円覚寺を創建した人たちは、目の前に起こる現実にとらわれない、壮大な宇宙観を抱いていたのね。だからこそ、今でもこのお寺は私たちを惹きつけるのよ。私が求めたのも、そんな世界だった」  
 明子が出家を志したことがあると聞いても僕は全く驚かない。言葉にしなくとも彼女がどんなことを考えているか、僕にはよく伝わっている。
 コミュニケーションとは必ずしも言葉によってのみ行われるものではないということを知ったのは明子と出会ってからのことだ。
 いや、コミュニケーションという言葉自体、なんて空疎な響きだろうとさえ思う・・・
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Author:スリーアローズ
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