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鎌倉物語 10

 舎利殿を見終わった後も、明子はさらに奥へと進んだ。
「まだ何かあるの?」と聞くと、彼女は前を向いたまま「あまり人が行かないところだけどね」と応えた。
 道は狭くなり、緑が近くに迫っている。そろそろ紅葉しかけている葉も見られる。木々が陽光を遮っているために、仏殿の辺りよりも温度が低く感じられる。
 そうやって空を仰ぎながら歩いていると、石段が現れ、その頂に武家屋敷のような山門が見えた。そこには立派な字で「黄梅院」と書かれた板が懸けられている。
 明子は石段を上り、門をくぐった。僕も今度はつまずかないように慎重に敷居をまたいだ。
 境内にはこぢんまりとした庭園が広がり、小さなお堂もある。人の気配はなく、円覚寺の中にいることを忘れさせるほどの独立したのどかな世界がある。庭園の緑は丁寧に刈り揃えられ、梅の古木の枝先は勢いよく上に向いている。まるで、多くの手が天に恵みを求めているようだ。
「さっき塔頭の話をしたけど、ここがまさにそれね。ちゃんとした山門があって、本堂と観音堂というシンプルな伽藍がある」
「ということは、ここは誰かの墓だったんだな」
 明子は朽ちかけた杉板に書かれている「夢窓国師 御塔所」という文字に手のひらを向けた。
「夢窓疎石の墓みたいね」
「さっきの池を作ったお坊さんか」
「夢窓疎石は京都と鎌倉を行き来して文化をつないだけど、最後はここに眠っているのね」
 小鳥の声が漏れている。その声は森という楽器により増長され、空間全体に響き渡る。ひんやりとした空気が、さらに鮮明に音を伝えているようだ。
「心が落ち着く場所ね、ここは」
 明子は目を軽く閉じてそう言った。僕は彼女に寄り添い、肩を抱いた。すると明子はいつも僕の部屋から帰るときにするように、軽いキスを求めてきた。
 それから僕たちは肩を寄せ合いながら、突き当たりの観音堂まで進んだ。中には仏像が安置されている。
「千手観音だ」
 明子は静かに言った。内部が暗くてはっきりと分からなかったが、全体的な雰囲気から、とても安らかな姿の仏像であることが想像できた。
「本尊の釈迦如来像よりも仏様らしいね」
 明子は小声で感想を述べた。線香の煙が古い木材にまとわりついている。
 僕たちは揃って賽銭を入れ、手を合わせた。
 その時、観音堂の横に立ててある小さな掲示板を見つけた。そこには白い紙が貼ってあり、決して達筆とは言い難い文字で一句したためてある。

山の色澄みきつてまつすぐな煙  山頭火
 
 山頭火といえば、僕と同じ山口の人だ。俗世を捨てて全国を漂泊した歌人だったと記憶している。
 思わず周りの山々を見渡す。しかし、どこにも煙など上がっていない。だが、心の中には、山頭火が詠んだ光景をはっきりと思い浮かべることができた。
 煙は空に向かって細くまっすぐに伸び、やがて消えていく・・・
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