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鎌倉物語 20

「それはあくまで私の想像だけどね。でも、きっとそういうことだと思ってる。鎌倉時代は武士が出てきたわけでしょ、そしたら当然、目の前で知人が殺されることだってあるわけで、自分だっていつそうなるか分からないと誰もが思ったはずよ。事実、鎌倉幕府の将軍も次々と死んでいったわけだし」
 小石を踏みしめて歩きながら、明子はそう言った。僕は実朝のことを思った。
「だから有力な武士たちは、死後のためにもお寺を整備したんだと思うの。しかも、厳しい修行によって往生できるという禅の思想は、体育会系的な武士たちに受けたのよ」
「なるほど」と僕は言った。そろそろ息が切れかけている。
「『源氏物語』、読んだことある?」
 明子は突然話題を変えた。高校の教科書には出てきたけど内容は覚えてないと答えると、彼女はこう続けた。
「時代を遡《さかのぼ》ると、平安時代の仏教は禅じゃなくて密教だったの」
「密教?」
「そう。秘密の教えを伝授していくのよ。空海とか最澄とか、聞いたことあるでしょ」
「なんとなくね。特に、空海とか」
「あの人たちは、ハイリスク・ハイリターンを信条に、危険を冒してまで唐に渡って仏教を学んで、日本に修行を取り入れたの。ほら、山の中で滝に打たれるやつ」
「あるね、そういうシーン」
「『源氏物語』の頃の仏教はその密教が主流で、格式のあるお寺は山の中に造られるのよ。比叡山の延暦寺なんかは京都から近いということもあって、修行の中心地になるのね。で、京都周辺の山にもお寺が必然的にできてくるの。光源氏が初めて紫の上を見る場面、知ってる?」
 さっきも言ったように、もちろん知らない。古典の授業といえば、動詞とか助動詞とか、今となってはどう役立っているのか分からないことばかりを詰め込んだ記憶しかない。僕の知っている文学関係者と言えば、源実朝と中原中也くらいだ。しかもそれは授業で教わったわけではない。
「光源氏が垣根越しに少女の姿を見つけるの。その子は飼っていた雀のひなを逃がして泣いてるのよ。源氏はその子が成長した姿を思い浮かべて心奪われるのね。その少女が後のヒロインとなる紫の上。その時源氏は義母である藤壺《ふじつぼ》を想い続けてて、幼い紫の上に藤壺の面影を重ねるのよ」
「なんだか、ロマンティックというより、危険な感じの話だな」
 明子は含み笑いを浮かべて話を続けた。
「源氏は結婚を前提に少女の後見を申し出るんだけど、そりゃ、承知されないよね。でも彼は、最終的には少女をさらうようにして連れて帰るの。いかにも強引な彼らしく」
 明子は再び饒舌になっている。彼女の話を聞いていると『源氏物語』を読んでみようかという気にさえなるから不思議だ。
「その、紫の上を初めて見た場所が、お寺だったの。源氏はわらわ病みと言って、今のマラリアみたいな病気に罹《かか》って、加持祈祷《かじきとう》の治療を受けに来ていたのよ。そのお寺は京都の北山にあった鞍馬寺《くらまでら》じゃないかっていう説もあるの。それも密教のお寺」
 僕は小さくなったのど飴をかみ砕いた。口の中はさっぱりしている。
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