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鎌倉物語 26

「ミナモトノサネトモ」
 明子はやぐらの横に立てられた札の名前を読みあげた。「北条政子の息子だね。どんな感じがするんだろう、母の隣に眠ってるのは。だって彼は将軍でしょ」
 明子はそう言って膝に手を当て、やぐらの中を覗き込むようにかがんだ。
「二人とも、本来の平安の中にいるんじゃないかな」
 僕は思わずそう口走った。なぜそう言ったのか自分でもよく分からない。明子も何もコメントしない。
 僕は実朝の墓に向かって手を合わせ、目を閉じた。
「まさかあなたとこんな所で出会うとは思ってもみませんでした」と声が聞こえた。他でもない自分の声だった。
 私は死を怖れています。中学生の時に仲の良い友人が事故で死に、大好きだった父も亡くなりました。死は常に身近にありました。おそらくあなたのことを忘れなかったのもそんな経験があったからだと思っています。
 私は生きたいのです。そう思えるのは、明子がいてくれるからです。私は彼女と一緒に生きたい。
 実朝の声は聞こえなくなっている。
 明子もちょうど礼拝を終えたところで、そこに落ちていたモミジの葉っぱを拾い上げた。まだ鮮やかな緑だが傷のないいかにも端正な形を保ったモミジだ。彼女はそれをティシュペーパーにくるみ、大事そうにハンドバッグにしまった。

実朝のやぐらに別れを告げ、きびすを返そうとした時、背後に誰かの気配を感じた。反射的に目をやるとそこには男性が立っている。僕は思わず声を上げてしまった。
 男性は丁寧に整えられた白髪混じりの髭を生やし、ツイードのジャケットを纏っている。五十代後半から六十代といったところだろうか。ハンチングを深めにかぶり、僕の狼狽に対して申し訳なさそうな笑顔を浮かべている。
「こんにちは。良いお天気ですね」
 男は言った。少ししゃがれたそれでいて張りのある声だ。
 僕は何も言わずにただ頭を下げた。男は左手に黒のライカを持っている。
「やぐらを巡られてるんですか?」
 男はそう続けた。なかなか人なつっこい人間のようだ。
「ええ、まあ」
「いやね、いきなりのところ失礼ですが、あなたがたにお願いがありましてね、他でもない、写真を撮らせていただきたいんです」
 僕が何も言わずにいると、男は低くつぶやくように続けた。
「後ろ姿でいいんです」
 すると僕の背後から明子が訊いた。
「失礼ですが、あなたは?」
「おお、すみません、申し遅れました」
 男はそう言い、ジャケットの内ポケットから財布を取り出し、そこから名刺を抜いて僕に渡した。
 それは「山本耕二」という名前だけが記された名刺だった。念のため裏も見てみるがやはり白紙だ。
「名前しか書いてない」
 明子は僕の耳元でささやくように言った。
 男は僕たちの反応を楽しんでいるかのようだ。僕はこの男に対して不快感をもった。
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Author:スリーアローズ
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