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鎌倉物語 27

「私には肩書きなんてないし、住所だって定まらない。電話も持ってない。したがって、名刺も名前だけなんです」
「お寺の写真を撮られてるんですか?」
 明子は名刺に目を落としたまま尋ねた。
「ええ。おととし会社を早期退職しまして、その後写真を撮りながら全国を廻ってるんです」
「じゃあ、肩書きはカメラマンだ」
 僕がそう言うと、「ですかね」と何だか煮え切らない答えが返ってきた。
「ところで、どうしてこの寿福寺に?」
 山本氏はそう聞いてきたが、僕には答えようがない。それよりも人と会うことが苦手な明子が窮屈な思いをしているのではないかということが気がかりだ。
 僕たちが何も言わないので山本氏は間を繋げるように話した。
「いえ、こう言っちゃ、なんですがが、何だか絵になるお二人だなって思いましてね」
 彼は持っていたライカをショルダーバッグにしまい、ポケットからセブンスターを取り出して慣れた手つきで火を付け、いかにもうまそうにそれを吸った。まっすぐに立ち上がった煙は空気の中に溶けてゆく。
 そのさまを見て、円覚寺の黄梅院にあった山頭火の俳句をふと思い出す。

山の色澄みきつてまつすぐな煙

 ひょっとして句の中の煙とは煙草かもしれない、だとすればあの句の風景はずいぶんと変わる。
そんなことを考えていると、山本氏は、「貴重なお時間をお邪魔しました。どうぞ、すてきな旅を」と言い、立ち去ろうとした。
 その時、何を思ったか明子が口を開いた。
「どんな写真を撮られてるの?」
 山本氏は煙草をくわえたまま横目でちらりと明子の方を見た。
「僕は目に見えるものには興味がない。目に見えない、それでいて、確実に存在する、そんなものを撮りたいとは思ってます。ただ、残念ながら、そんなものはそうそう見つかるもんじゃない。だからこうして、あてもなく歩き廻ってるんですよ」
 山本氏はそう言って、真剣なまなざしを僕たちに向けてきた。
「私たちを撮りたいとおっしゃったのは?」
「ですからあなたがたには私の心を惹き付ける何かがあるわけですよ」
 山本氏は煙草の灰を指先で弾き落とした。
「悪用はしないですよね?」と明子は声を低くした。
「悪用のしようがない」
山本氏はタバコをくわえたまま笑った。
 明子は僕の方に顔を向け、写真くらいいいんじゃない、と意外な台詞をささやいた。明子がそう言うのであれば僕はかまわない。そもそも僕には失うものなんて何もないのだ。
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Author:スリーアローズ
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