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鎌倉物語 28

 というわけで、僕たちは被写体となることを承諾した。
 山本氏は煙草を携帯式の灰皿の中に捨て、ライカを取り出した。それから彼の指示通り、やぐらや五輪塔、木々の緑などをバックに二人でカメラの前に立った。

「おかげでいいのが撮れましたよ」
 山本氏は撮影を終えた後で満足げに微笑んだ。
「私、こんなに一生懸命に写真を撮られたことなんてなかったわ」
 明子も満足げだった。初対面の人間にこんな表情を向けるなんて明子にとってはきわめて珍しいことだ。休日には外にさえ出たがらないのだから。
「今撮った写真はどうするんですか?」と僕は聞いてみた。
「目下、写真集を作ってるんです。信仰をテーマとした」
 山本氏はライカを磨き終わった後でそう答え、再びセブンスターに火を付けた。
「ということは、私たちには信仰があるように見えたんですか?」
 明子はそう聞いた。
「信仰というものは『ある』とか『ない』とかいうものさしで計られるもんじゃない。目には見えないが確実に存在するもの、それが信仰じゃないですか」
 明子はよく分からないという顔をした。僕も同感だった。
「あなた方は、やぐらに向かって静かに手を合わせていらしたでしょ。その静けさにこそ、僕は惹かれました」
「静けさ?」と明子は言った。
「そう。静けさです。今の世の中って、静けさを感じることがなくなったと思いません? たしかに、文明の中であくせくと働く人も、そりゃ、必要だ。実際に社会を支えているのは彼らなんだから。でも、それが人間としての本質かって言われれば、残念ながら、そうじゃない。人間とは本来宗教的な存在なんだと思うんです。五年ほど前に死にかけましてね。あの時天から声が聞こえたんですよ。このままがむしゃらに働いて貴重な人生の残り時間を削るよりも、人間としての静けさを取り戻すことの方が大事だと」
 山本氏の話を明子は神妙な面持ちで聴いている。僕には彼女がどんなことを考えているのかよく分かっている。
 それから山本氏は実朝のやぐらに近づき、墓前に手を合わせた。明子はというと、深い思索の淵に迷い込んでいる。

 礼拝を終えた山本氏はゆったりときびすを返し、思い出したかのようにつぶやいた。
「そういえば、中原中也が亡くなったのもこのお寺なんですよね」
「中原中也?」
「ええ、中原中也です。以前は、この場所に家が建っていて、今我々がいるまさにこの辺りで亡くなったんですよ。中原中也は、お好きで?」
 自分は中也と同じ中学校に通っていたのだと思わず言うと、山本氏は「ほお」とテナーサックスのような声を響かせた。その時、中原中也記念館の最後の展示室に紹介してあった詩の一部を思い出した。

ホラホラ、これが僕の骨だ

 同時に、古びたジャズハウスのステージで、薄暗いスポットライトを浴びて歌う美咲の姿も浮かんできた。それらはすべて、強烈に胸に刺さった。
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Author:スリーアローズ
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