北鎌倉駅のホームは、さらに人が少ない。
同じ鎌倉の地名が入っていながら鎌倉駅とはずいぶんと雰囲気が異なることがはっきりとうかがえる。
駅舎に行き、コインロッカーを開けて自分のバッグと久々の対面を果たした時、まるで二十年ぶりにタイムカプセルでも開けたかのような気分になる。
下り線ホームに移動して列車の到着を待つ。そこには僕たちを含めて五人ばかりしかいない。ホームの背後には円覚寺の森がある。
まもなくして到着を知らせるベルが鳴り、列車が入ってくる。
車内はホームの寂寥感とは対照的に、学生やサラリーマンでごった返している。汗や香水の匂いが充満し、人間たちが熱を放射している。
人目を憚らずに喋る女子高校生、何やら深刻な表情でスマートフォンの画面を睨みつけている若い男性、ビジネスバッグを抱えたまま目を閉じているサラリーマン、達磨大師のような厳格な目つきで空間上を凝視している初老の男性、窓に映る自分自身に向かって物憂げな視線を向ける女性・・・
ふと明子に目をやる。今まで元気だった彼女もさすがに疲れを感じたのか、吊革を両手で握りしめて目を閉じている。ただ口元は安らかだ。
僕は山本氏の名刺をどこかになくしてしまったことに気づく。名前だけの、不思議な名刺。
横須賀線は快調に進む。窓の外の森が夕闇に透けながら滑らかに流れてゆく。今日一日の行程をおさらいしているようだ。
ほどなくして街の明かりが点在するようになる。車のライトやネオンサイン、ビルの灯りが鎌倉の市街に再び戻って来たことを知らせる。
鎌倉は北と南で全然違う。明子が話していたことがよく分かる。
鎌倉駅のホームに降り立った時 、一段と冷たい風が首筋に張り付いてくる。たしかにこの東口は、さっきたどり着いた西口とは様子が全く違う。駅舎の外観も街にふさわしい瀟洒なものであるし、駅前広場にも賑わいがある。
初めて自分の思い浮かべていた鎌倉に来たという実感を得る。
「あそこがメインストリートよ」
駅舎を出てすぐに明子が指さした先には赤い鳥居が建っていて「小町通り」という看板が掲げられている。なるほど駅前にうごめく人々はそこに吸い込まれているようだ。
昔ながらの商店街のような趣があり、実に多くの店が軒を連ねている。土産屋もあれば菓子の店舗もある。鎌倉彫の名店があり小さな美術館もある。レストランのたぐいは数え切れない。そして多くの観光客がひしめいている。外国人もいる。ちょっとした夏祭りを連想させる。
「なつかしいなあ」
明子は吐き出すように言う。雑踏に消されそうな声だが僕にはちゃんと聴き分けることができる。
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