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鎌倉物語 35

 店内に足を踏み入れると同時に、フライドポテトの匂いが空腹を刺激する。レジカウンターの前で客が並んで注文している様子を見ると、今鎌倉にいるのだという特別な感慨が消滅する。
 だが明子はこの光景を新鮮なものとして捉えたらしい。
 制服を着た店員のテンポの速さに焦りの表情を浮かべる彼女を見ると、どういうわけかほっとする。
 
 ハンバーガーのセットをトレイに載せ、奥に空いている四人がけのテーブルに腰を下ろす。ゆったりとした席の座り心地が意外にも心を落ち着けてくれる。膝を休めるという点においてはとてもいい条件だ。
 明子はチーズバーガーを手に取ったまま、それをどうやって食べていいのやら思案を巡らしている。僕は自分のビッグマックにかぶりついて見本を示す。
 すると明子は控えめにかじりつき、唇に着いたトマトケチャップを紙ナプキンで拭きながら「おいしい」とつぶやき、手に持った食べ物をしげしげと眺めた。
 すべてが僕の知らない明子だった。
「今日は濃い一日だったなあ」
 僕が言うと、明子はこっちを見てかすかに頷いた後で、再びハンバーガーを口にした。
「まさか君がこんな店に入りたがるなんてね」
 彼女はハンバーガーを片手に持ったままホットコーヒーを口にした。それから少し間を置き、言葉を選ぶように話し始めた。
「寿福寺の中で、急に身体が楽になったの」
 僕は自分のビックマックにかぶりつく。
「タカシ君は何も感じなかった?」
 僕は彼女の瞳を見つめる。眼鏡のレンズが僕の顔を映している。すると、寿福寺での記憶が蘇ってくる。

 やぐらの中で見た裸の女性、興奮気味にシャッターを切るカメラマン、今なお鼻の奥にかすかに残っている線香の香り・・・

「ねえねえ」
 明子は少しだけ身を乗り出してきた。
「タカシ君ってさ、ずっと想い続けている女の人がいるでしょ?」 
 口の中のハンバーグが喉に引っかかる。
「ほら、いつだったか、お互いの過去の話をし合ったことがあったよね。あの時ジャズピアニストの女の子の話してくれたでしょ。あの人のこと?」
 僕は改めて彼女の顔を凝視した。
「ううん、いいのよ、何も言わなくて。もう過ぎ去ったことだろうし、それにタカシ君が誰を想おうと、それは私の干渉すべき範疇じゃないから」
「君は一体何を言おうとしてるんだろう?」
 明子はフライドポテトを口に運びつつ壁に掛けられた絵画に目を遣った。色鉛筆で薄く描かれた夕日の海岸の絵だった。砂浜には自転車が一台停まっている。
「寿福寺の話の続きだけど、やぐらの前で、いろんな方向から声が聞こえてきてね。一体これは何だろうと思って一つ一つに耳を傾けた。そしたらね、それは、これまで私が抱えてきた疑問や問題を解決するためのヒントだったの」
 明子は壁の絵から目を離し、僕の方に視線を戻した。
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Author:スリーアローズ
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