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鎌倉物語 37

 マクドナルドを出ると、背中の汗が冷たく感じられた。
 僕たちは駅前でタクシーを拾いホテルへと向かった。海が見たいという明子の要望と、人混みがあまり得意ではない彼女の気質に鑑みて、それらの条件を満たしそうなホテルをウエブ・サイトで探し予約しておいたのだ。
 タクシーは鎌倉の街を両断するように走る直線道路を南下する。
「若宮大路ね。鎌倉幕府が作ったメインストリート」
 明子は窓の外に向けて首を傾けながらつぶやく。
「たしか、この道を戻ったら鶴岡八幡宮があるんだよな」
 僕は鎌倉の地図を思い浮かべながら、明子に言う。
 鶴岡八幡宮といえば源実朝が公暁に首を取られた場所でもある。振り向いてリアウインドウ越しの光景を確認するが、目に飛び込むのはどこまでもまっすぐな道路とその上を走る車のヘッドライト、それから道の両側に連なる街の灯りだけだ。
 明子はそんな僕の姿を見て、ぽつりと漏らす。
「さすがにここからは見えないでしょう」
 僕は前を向き直す。若宮大路は想像以上に長い。この道を築き上げた往時の人々の苦労に思いを馳せる。
 するとタクシーは道路にそびえ立つ巨大な鳥居の横を通る。つまりこの道路自体が八幡宮の参道になっているというわけだ。
「君は何度か行ったことがあるんだろうね、鶴岡八幡宮に」
 僕がそう尋ねると、明子は視線を僕の喉元に移して何かを言いかけたが、途中でやめた。それからしばらく彼女はシートにもたれたまま何も言わずにいた。
 その時、フロントガラス越しに夜の海が見えた。薄い雲には月明かりが透けていて、その光がやんわりと水面に浮かんでいる。初めて見る湘南の海だ。僕は再び明子に目を遣る。
 ところが彼女の瞳には涙が浮かんでいる。最初は光の加減でそう見えただけかとも思ったが、涙の雫は眼鏡の下から顔を出し一筋の線となってゆっくりと頬を伝っている。
 明子は、何でもないのよ、ちょっと目にゴミが入っただけだからと言い、眼鏡を取ってハンカチを軽く目に当てる。
 初めて見る明子の涙だった。
 彼女はハンドバッグから取り出した専用のケースに眼鏡をしまった。それから窓の外に目を遣り、何度か小さく鼻をすすった。その視線の先に僕はいない。明子は見えない何かに向かって無言のうちにつぶやいている。
 なすすべのない僕は、海に視線を投げる。広く静かな海だ。長い海岸線に沿って等間隔に続く外灯がきらめいている。その光景を眺めながらつくづく思う。今の僕にできるのは待つことだけだと。
 いや、これからもずっと、僕は待つことしかできないのかもしれない。

 タクシーは交差点を右に折れ若宮大路に別れを告げる。
 予約しておいたホテル「NAGISA」はそこから少し走った所にあった。
 海岸を望むこじゃれたプチホテルをイメージしていたが、実際はどこか古臭さが漂っていて、ペンションに近い佇まいだった。
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Author:スリーアローズ
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