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鎌倉物語 38

 僕に続いて明子もタクシーを降りる。ホテルから漏れる灯りに照らし出された彼女の顔はやはり泣いた後のそれだ。
 ホテルの前は道路を挟んですぐに由比ヶ浜海岸が広がっている。遊歩道に設置してある外灯が、白砂の滑らかな浜辺を幽玄に浮かび上がらせている。明子は海に向かって立ち、潮風を吸い込む。
 僕も彼女に倣って深呼吸する。ところがそれと同時に立ちくらみに襲われ、膝の力が抜けてよろけてしまう。
「大丈夫?」
 これは一体誰の声だろうと思う。
 明子は慌てた様子で僕の腰に手を宛ってきたが、膝の力はすぐに回復したので僕はそれを制した。
「今日はずいぶんと歩かせちゃったから、疲れたのね、きっと」
 明子はそう言った後、目の周りに残っていた涙をハンカチで拭き取った。

 エントランスの自動ドアを抜けると、その先にはやわらかな白熱灯に照らされた空間が待っている。
 左手にちょっとした土産を売る一角があり、その奥はレストランになっている。テーブルのセットが十ばかり置いてあるが客の姿は見えない。絨毯の埃臭さだけがそこはかとなく漂っている。何から何まで古ぼけた雰囲気だ。
 一人立てば十分な広さのフロントに置いてある呼び鈴を鳴らすと、少し間を置いてから初老の男性が現れる。白髪はきちんと整えられ、きりっとした目をしている。白いオックスフォード・シャツにブラックジーンズといういでたちだ。
「ご予約の方で?」
 支配人とおぼしきその男性は言う。僕は頷く。
「チェックインはたしか、七時のご予定だったと存じますが」
 支配人は何かを書きながらそう言う。いかにも不機嫌な様子だ。
 フロントの奥の壁に掲げられた時計は八時半を過ぎている。
「できれば事前に電話でも入れて頂けますと助かるんですがね」
 支配人はなじるような調子で畳みかける。開いた口がふさがらない僕を、明子も少々困った表情で見ている。
 支配人をすぐ前にしてチェックインのサインをしたが、指の動きをいちいち監視されているようでじつに書きづらい。
「朝食は何時になさいます?」
 彼はたった今僕が書いたものに冷淡な視線を落としながら事務的な口調で訊いてくる。
 僕は「とりあえず7時で」と言う。すると彼はぱさついた声で「かしこまりました」と応えた。それから右手を差し出して付け足しのように言った。
「朝食はそちらのレストランでお取りください。ラストオーダーは8時30分ですので、それまでにはお越しくださいますよう」
 支配人はそう説明した後で、シルバーのトレイの上に部屋の鍵を差し出した。僕はそれを受け取り、エレベーターを探す。だがどこにも見あたらない。それもそうだ。このホテルは二階建てなのだ。僕たちは自分で荷物を持って売店の奥の階段を上がることにする。
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Author:スリーアローズ
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