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鎌倉物語 39

 部屋は廊下の片側に五つだけ並んでいる。全ての部屋が南を向くように、つまり海が見えるように設計されているのだ。僕たちは一番奥にある二一号室のドアを開ける。
 照明をつけるとアイボリーで統一された客室がふわっと浮かび上がる。ベッドが二つとソファが一つ。ローボードの上にはテレビが据えてある。年季の入った調度品の中にあって唯一テレビだけが新しく黒光りしていて、よそよそしく立てられている。
 リュックサックを床に置いてベッドに腰掛けた時、明子はそっと窓際に歩み寄りカーテンを開けた。外には夜の湘南海岸が広がっている。
「きれいよ」
 明子は小さく声を上げる。僕はやおら立ち上がり、彼女の肩越しに海を見る。ペンション風の建物といい、無愛想な支配人といい、予想とはかけ離れているが、目の前に広がる景色だけは期待を裏切っていない。
 僕は冷蔵庫から缶ビールを二本取り出し、明子と乾杯した。
「それにしても変わった支配人だったね」
 明子はふだんの表情を取り戻していた。
「ある意味、今回の旅にはおあつらえ向きかもしれないな」
 僕は窓向きに置かれたソファに腰掛ける。あの支配人のおかげで僕も現実感覚を取り戻すことができた。
 目の前には明子がいて、海を見ながらビールを飲んでいる。僕は彼女の姿を満足げに眺めている。ビールのくっきりとした苦みが全身を駆け上がってゆく。
 
 それからしばらくの間僕たちはおのおのの思索の世界に浸る。
 明子は過ぎ去った日々に思いを馳せている。僕はというと、これから先もずっと明子と一緒にいたいという想いを再認識している。

「お風呂に入ってきたら」
 明子が言ったのは、しばらく経ってからのことだった。缶ビール一本で全身が温かくなるほどに僕は疲労していた。
 バスタブに湯を張っている間にビールをもう一つ空ける。
 明子は自分のベッドに腰掛けて携帯電話の画面に視線を落としている。コートを脱ぎ、帽子も眼鏡も取った彼女はふだんの姿に戻っている。
 タクシーの車内で見た時には薄雲に隠れていた月は、今やその上半分を晒している。夜空と接している部分は薄緑の神秘がかった光でにじんでいる。
 僕は残りのビールを飲み干してからバスルームへと向かう。
 その間、明子はずっと携帯電話の画面を見つめている。何かを調べているようだ。もちろん、何をそんなに熱心に調べているのか気にならないわけはない。
 だが、僕はもう一度心の中で唱える。
 今の僕にできることは、待つことだけだ、と。
 
 何の変哲もないユニット・バスの湯船に浸かり、膝を立てたままシャワーカーテンを引く。少し熱めの湯が下半身から順序よく温めてゆく。オレンジの照明が心身ともに疲れた僕の内部にじんわりと侵入してくる・・・
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スリーアローズ

Author:スリーアローズ
*** 
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とびっきり寂しい旅に・・・

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