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鎌倉物語 41

 思っていたよりも早く、明子はバスルームから出てきた。どうやらシャワーを浴びただけでバスタブには浸からなかったようだ。彼女は鏡台の前でドライヤーをかけ、それが終わると化粧水と乳液を肌に叩いた。
 ベッドに戻ってきた時、シャンプーの香りがふわりと広がった。髪に巻いていたバスタオルを丁寧に畳んでソファの手摺りに置き、ふっと息をついてからボストンバッグの中に手を入れた。取り出したのはキャンドルだった。
 彼女はそれを慣れた手つきでテレビの横に据え、マッチで火をつけた。
「これがあるとよく眠れるの」
 明子はそう言いながらベッドに戻ってきた。
 電灯をすべて落とした後、キャンドルの明かりだけになった。炎の色に濡れた壁と天井がゆらゆらと揺れている。
 間もなくしてほのかなラベンダーの香りが広がる。
「海を見ながら寝ようか」
 明子は言う。
 僕は起き上がってカーテンをすべて開ける。今や全貌を露わにした月はずいぶんと西に傾いて夜空に光を当てている。その光を見ながら明子のベッドに入る。ちょっと寝返りを打っただけで転げ落ちてしまいそうなベッドだ。
「このホテルにはダブルルームの設定がなかったんだ」
 僕は弁解した。
「せめてセミダブルかと思っていたけど、まさかシングルベッドだとはな」
 明子は僕の方に顔を向け、「私好きよ、このホテル」とささやいた。「きっと、今日、ここに来るべくして来たんだと心からそう思える」
 彼女はこの旅で何度も口にした台詞を再び言って、静かに身体を寄せてきた。
それから僕たちはしっかりと抱き合った。僕の部屋で抱き合うときよりも、物語性を感じた。湘南の海が演出しているのかもしれない・・・

 彼女のシャツを脱がし、その背中に唇をつける。彼女は軋むような声を上げる。
白い背中は窓の外からかすかに差し込む月の光を受けて、神秘的に艶めいている。
海上でドビュッシーの音楽が聞こえる。ピアノを弾いているのはスタニスラフ・ネイガウス、明子が僕の部屋でよく聴く演奏だ。
 甘美な調べに乗って、僕は、後ろからそっと、明子の中に入った。彼女の方もその準備はとうにできていた。
 明子の背中を見下ろしていると、僕はふと天国を感じた。幼い頃から憧れ続けた無上の境地がまさにここにある。僕はいつにもまして我を忘れてしまった。
 明子の方も積極的に求めてきた。円覚寺での饒舌、寿福寺での明るさ、それからタクシーの中での涙。今日一日だけで日頃見ないほどの感情の起伏を繰り返した、その不安定さのすべてがぶつけられるようだった。
 彼女は日頃出さない声をあげた。そのうち、この女性が果たして明子なのか疑わしくさえ思われた。彼女の魂は交換可能なカートリッジを連想させる。彼女の身体には様々な魂がセットされる。
 お願いだ、これ以上ぶれないでくれ。君はもう、永遠に僕のものだ!
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スリーアローズ

Author:スリーアローズ
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