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鎌倉物語 42

 すべてが終わった後で僕たちは並んでシャワーを浴びた。
 それからバスタオルで互いの体を拭き、再び客室に戻った時にはキャンドルのラベンダーはよりくっきりとした香りを漂わせていた。
 明子はベッドにつくやいなや、すやすやと寝息をたて始めた。
 彼女は週の半分以上は僕の部屋に来るが、一度も泊まったことはない。だから彼女の寝顔をこんなに間近に見るというのは、どこか新鮮な気がする。
 彼女の髪を撫でていると、まるで髪の毛が何かを語りかけてくるようだ。
 鎌倉に来てからの豹変ぶりには、サエキ氏が絡んでいることは分かりきっている。君は二十二歳からサエキアキコという名前に変わった。そして今なお君はサエキ氏のことを深く愛し続けている・・・
 
「ずっと隠しておくのも、それはそれでつらいことだから」
 明子がそれまで固く封印していた過去について口を開いたのは、出会ってから一年以上経った頃だった。
 その時僕たちは仙台のホテルにいた。季節は晩秋で、二人で行く初めての旅行だった。とにかく行ったことのない場所に行きたいという明子の要望から、いろいろと候補地を挙げて一つ一つ検討した結果、最後に残ったのが仙台だったというわけだ。
 僕たちは仙台空港から直通のリムジンバスで市内に入り、仙台駅近くのホテルにチェックインした後で、JRで塩釜に向かった。外はちらほらと雪が舞っていて、乗客の様子や喋る言葉からも僕の思い描いていたのとそう変わらない東北の風情があった。
 塩釜の駅で降車し、港に隣接した大きな海産物の直売所で握りこぶしみたいな岩ガキを食べた後、遊覧船に乗って松島をめぐった。
 明子が過去を語ったのはその夜のことだった。

 僕たちはホテルの地階にあるショットバーの隅の席に陣取った。客もまばらで妙に明るく、ホテルのバーの割にはあまりぱっとしない店だったが、かえってその雰囲気が明子を安心させたようにも見えた。
「あなたはもう知っていることだろうけど、私、結婚を経験してるのよ」
 彼女は意外にもさらりとそう言った。
「でも今はもう、その人はいないの」
 そう続けてから、とても長い沈黙があった。彼女はその間ずっとカウンターに映る僕の影に視線を落としていた。今でも忘れることのない、丸い石のような瞳だった。
 それから自らが作った沈黙に小さな穴を開けるかのようにつぶやいた。
「亡くなったの」
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スリーアローズ

Author:スリーアローズ
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