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鎌倉物語 43

 二人は高校時代のクラスメイトで、高校卒業後、大学進学のために揃って上京した。別々の大学に進学したものの、アパートは近くに借りることにした。
 大学三年の時に、いっそのこと同棲しようと考えたが、明子の父親が障壁となって結局卒業まで別々に住むことになった。
「どうせ彼は私の部屋で生活してたんだから、同じことなのよ」
 明子はホットワインを飲みながら僕に言った。

 サエキ氏との想い出を話す明子の顔は庭先に咲く春の花を連想させるほどに穏やかで、その瞳は森の奥に湧く泉のようにきらめいていた。まるで目の前に僕は存在しないかのように、彼女は立て板に水のごとく言葉を繰り出した。
「ほら、よくソウルメイトっていうでしょ。彼はまさにそういう存在だった。そして二人でいればいるほど絆は強くなる。私はあの時、前世というものを本気で信じてた」
 サエキ氏は大学で原子物理学を専攻していた。目に見えないモノを見ること、その手段として科学を用いる、それが彼の知的探求の根元的理念だった。
「科学はきわめて信用できる領域だ。僕がやりたいのは、科学はどこまで神に近づけるかという挑戦なんだ。もちろん『バベルの塔』を積み上げようっていうわけじゃない。人間は全能なんかじゃないと知っているからね。僕は科学の限界点というものをこの目で確かめたい。それによって、逆の立場から神を感じることができると思っている」

 サエキ氏が大学院に進学して半年後に二人は籍を入れた。
 彼は国の特別研究員として報酬を支給され、そのお金で十分に生活できるというのが明子の父を口説き落とす決め手となった。
 その後、大学院を出た彼は、原子力研究開発機構に就職した。それと同時に市ヶ谷にマンションを買った。
 朝、彼の出勤を見送る、その後で朝食の片づけと部屋の掃除をして、洗濯物を干す。それからラジオを聞きながら新聞を片手にコーヒーを飲み、身支度を整えて外に出る。朝の新鮮な空気を浴びながら自転車にまたがって住宅地の風を感じる。
 明子は近くの区立図書館の司書として働いていた。正規採用ではなかったが十分に満足だった。何より本に囲まれて一日を過ごすというのは幸せだった。図書館の中に立ち込める書籍の香りを鼻に吸い込むだけで心が落ち着いた。
 
 思えば、幼い頃から心の暗がりの中で息をしてきた。
 自分を生んで間もなくこの世を去った母親の影が心の内側に広がっていたのだ。実業家である父は母の死について何も語らない。
 そんな父の態度はまだ物心のつかない明子の孤独をより強固にした。父は地元の高校を出た後すぐに大手の建設会社に入社し、東京の本社で部長まで上り詰めた後、独立した。父が興した会社はたった数年で大企業になった。家には実に多くの人が出入りし、明子はいろいろなモノをもらった。しかし、それらが深く心を満たすことはなかった。
 小中学校時代は転校を繰り返した。どこへ行っても父は忙しく、ひとりぼっちの時間を過ごさなければならなかった。その間彼女はずっと本を読んだ。心の隙間を読書によって埋めるしかなかった。
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Author:スリーアローズ
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