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鎌倉物語 44

 母は自分を生んだ直後に出血が止まらなくなって、そのまま死んでいったのだという事実を父から聞かされたのは大学に入る直前のことだった。
 父は「母さんはな、おまえの命と引き替えに死んでいったんだ」と言い切った。そのとき父は酔っていて、ずいぶんと上機嫌で、むしろ誇らしげだった。
 その事実を聞かされても、明子はさほど驚かなかった。ある程度予想がついていたからだ。
 だが、部屋に戻って一人になった途端、涙だけは止まらなかった。まったく感情のない涙、それは痛みを伴わずにとめどなく吹き出る出血に近かった。

 そんな明子にとって、サエキ氏との結婚生活は、だから信じがたいほどに自由で幸福感に満ちていた。
 サエキ氏は仕事の関係でヨーロッパや北米に出ることが多く、明子も長期休暇をもらって彼に同行した。
 二人で異国の町並みを歩く時、しばしば人生設計を思い浮かべた。もうしばらくこのまま二人だけの生活を満喫したい。そのうち自分の心はもっと正常に戻ってゆくだろう。
 そして、やがては子供をもうけたい。できれば二人。そのことによって、母に対するせめてもの罪滅ぼしができるのではないかと思えた。
 
 ところが思い描いていた設計とは違う方向に人生が逸れはじめた。結婚して三年目のことだった。
 サエキ氏は機構の運営する原子力プラントに研究調査員として派遣されることになり、福井に転居することになったのだ。最小限の核燃料で最大限の出力を生み出すという実験的な試みで、実用化のために国が推進していた研究事業だった。
「やっぱり原発に飛ばされちゃったな」
 サエキ氏はたびたびそう漏らした。
 彼は目に見えない科学の世界に挑もうとこの分野に足を踏み入れた。大学でも大学院でもすべての情熱を研究に注ぎ込んだ。その結果、気がつくと当初の想定とはずいぶんとずれた場所に立っていたのだ。
 せっかく購入した市ヶ谷のマンションを明け渡し、二人は福井に移ることになった。
 だが、実際に生活してみると新天地は予想していた以上に住みやすかった。機構が二人に用意していたのは敦賀市の中心に近い新築の一戸建てで、最新の家財道具も一通り揃えられていた。二階に上がれば管理の行き届いた公園が眼下に広がり、その向こうには敦賀湾の青さを望むことさえできた。整然とした感じの敦賀の街にも好感が持てたし、普通に生活するには十分な設備が整っていた。
 交通の便も悪くはなく、特急を使えば京都まで一時間足らずで行くことができ、北陸自動車道に乗れば名古屋まで射程圏内に入る。二人で生活するには快適な環境だった。
 
 とはいえ、明子には嫌な予感が終始つきまとっていた。
 組織から期待されればされるほど、主人はどんどん自らを追い込んでいった。目つきは鋭くなり、頬は削り落ち、会話の大半を仕事の話題が占めるようになった。
 この世代の男の人が仕事に夢中になるのは世の常であるし、それ自体決して悪でもない。それは明子にも理解できた。ただ彼女の心が曇っていたのは、幼い頃の父親の記憶とオーバーラップする部分を感じたからだ。
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