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鎌倉物語 45

 サエキ氏の勤務するプラントで事故が起きたのは転勤から二年後のことだった。
 その日の夕方過ぎ、帰りは遅くなるという電話がかかってきた。残業はしょっちゅうだったので大して気にもしなかったのが、夜になり、悪いけど今日は帰れそうにないという連絡にすり替わった時、不吉な思いがたちまち広がった。いつもとは違う切羽詰まった口調と受話器の向こうの喧噪が不安をあおり立てた。
「何かあったの?」と訊くと、彼はため息をつき、声を一段低くして答えた。
「しゃれにならないことが起きた」 
 その時の落胆にまみれた彼の声を明子は決して忘れることはない。

 事故の詳細については今でもよく分からない。何しろ、目に見えない科学の世界で起こったわけだから、どんなに分かりやすく解説されても明子の理解には限度があった。ただ間違いないのは、その事故によって夫は心身ともに、ずたずたに切り裂かれたということだ。
 結局その日から彼は三日間家に帰らなかった。マスコミは大きく騒ぎ立て、明子はテレビの画面をたよりに必死に奔走する夫の姿を想像するしかなかった。
 
 事故後はじめて帰宅したとき、彼はやつれ果て顔の半分を髭が覆っていた。目の前にいるのが本当に夫なのか信じられぬほどだった。
 それからまた約一ヶ月の間、彼はほとんど家に帰らなかった。そうして久々に帰宅した日の夜、彼はベッドの上で冷たくなっていた。
 亡くなる直前の彼はもはや言葉すらかけられぬほどに憔悴しきっていた。あらゆることに対して絶望しているように見えた。その夜は夕飯にもほとんど口をつけず、シャワーを浴びた後で頭が痛いと訴え始めた。病院に行くことを勧めたが、この頭痛はずっと続いているもので明日になれば治まるだろうし、何よりこんな大変なときに休むわけにはいかないからと言って、ブランデーをグラスに注いでそれを口にした。
「もう疲れたよ、おやすみ」
 そう言い残して彼は寝室に消えた。
 
 葬儀を終えた後も、明子はしばらく敦賀の家に残った。今思い起こしても何の記憶もない空白の数日間だった。
 その後伯母を頼って横浜に移ることにした。仏壇の脇に彼の位牌と遺影を置きそれに手を合わせる日々が続いた。おそろしいくらいに静かな日々だった。その時になって初めて夫は死んだのだということが身近な事実として寄り添ってきた。
 明子には、サエキ氏と出会う前のひとりぼっちの自分に逆戻りした感覚があった。とはいえ、彼との想い出だけははっきりと心に残り続けている。しかし、自分は紛れもなく孤独だ。この違和感はいったい何だろうと考えた。
 夫の前で手を合わせていたある時、大学時代の教授の言葉をふと思い出した。
「その人との最大の出会いは、死別である」
 夫をほんとうに愛するのはこれからなのかもしれない。夜、一人の床に就いたとき、涙が次から次へと、信じられないほどにたくさん流れた。
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