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鎌倉物語 46

 枕元の時計は一時を過ぎている。
 僕は明子の髪を撫でながら、かすかな寝息を立てている頬に口を付けた。やわらかくてぬくもりに満ちた頬だ。窓から差し込む月の光は寝顔を青白く浮かび上がらせている。
 そのさまをぼんやりと眺めていると、明子は半分生きているが、もう半分は死んでいるかのようにも映る。

「悪いことってけっこう重なるものなのよ」
 仙台のホテルのバーで、明子はぽつりとこぼした。サエキ氏の話が一段落ついた時のことだった。
「やっぱり、運ってあるんだと思う。そうして、悪い運は次の悪い運を引き寄せる。合併症みたいなものよ。だからそういう時は、できるだけ何も感じないようにして、ひたすら身を縮めて、それが去るのを待つしかないのよ」
あの時明子はそう言った。
「たとえば、紫式部とおんなじスタンスね。彼女も幼くして母を亡くし、愛する夫も失った。そんな悪い運が去った後に『源氏物語』を書いた」
 
 明子は、サエキ氏を亡くして半年も経たないうちに、今度は父親を亡くした。何者かによって殺されたのだ。自宅から出たところをピストルで撃ち抜かれた。経営していた建設会社の利権がらみの事件らしかった。警察も総力を尽くして捜査してくれはしたものの結局犯人を捜し当てるところまではいかなかった。真実は闇に葬られた。
 父を敬愛していたわけではなかった。だが、突然の父の死に直面させられた時、再びあの言葉を思い起こすことになった。
「その人との最大の出会いは、死別である」
 伯母は心から慰めてくれ、哀しみを共有してくれた。彼女は父の実姉で、父とは違って人の心の痛みに寄り添うことのできる人だった。
 しかし、もはやその優しさに溺れることもできないと思った。伯母には夫がいて、孫もいる。
 葬儀を終えた後で、明子は再び身辺整理をはじめた。新しい土地に移るのは今しかないと思った。それも、自分とまったくつながりのない土地に。
 書物を整理していると中学生の時に使った日本地図が出てきた。明子はふと手を止めて、それを畳の上に広げた。眼下にはすらりと長い日本列島が横たわっていた。
 直感的に、西に行きたいと思った。日差しが降り注ぐ温かな地に。それで、本州を西に向かって指でなぞると、山口に突き当たる。さらに南下して九州に上陸することも考えたが、指は山口で止まったままだった。
そこがどんなところか全くイメージできなかった。以前福岡に行った時に新幹線で通過したことはあったが、降り立ったことは一度もない。
 ふと心に浮かぶのは明治維新だった。吉田松陰や高杉晋作の肖像が脳裏に出てくる。それは俗世を越えた、どこか超然とした表情だった。
 経済的には心配なかった。国策の犠牲となった夫と実業家の父を亡くしたことで、一生暮らしても有り余るほどの潤沢な資金が手許に残されている。
 せめてそれらの遺産を有効に使いたいと思った。
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