スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

鎌倉物語 47

「つまり私をつなぎ止めていた人は、完全にいなくなったというわけ」
 明子はそう言い、ホットワインの入ったグラスに視線を落とした。
「私、死んでいった人のために生きなきゃって、そう言い聞かせてるのよ。でもね、そうやって肩に力を入れて生きてると、救いようのないくらいにむなしくなる時もあるの」
 僕は彼女の横顔をじっと見た。
「三十歳が見えてきた頃から、むなしさはどんどん深刻になってきてね。ほら、自分の人生の残り時間というものをそろそろ数えるようになるでしょ。そうするとね、いったい自分は何のために生まれてきたのか、その意味を考えてしまうのよ。私には両親も子供もいない、全くの孤独。この宇宙の中における存在意義などないんじゃないかって、そんなふうに思えて仕方なくなるのよ」

 鎌倉の夜は静かだ。これまで訪れたどの場所にもない生ぬるい、それでいて、からりとした空気が流れている。
 さっき明子が点けたラベンダーのキャンドルが揺れている。その香りに包まれながら、月明かりにうっすらと映し出された彼女の寝顔に向かって話しかける。
「なあ明子、君の口から『孤独』なんて言葉は聞きたくはないんだ。あの夜、仙台のバーで僕はよほど言いたかった。いつまでも死んだ人たちのことを考え続けるんじゃなくて、その人たちの分まで、これからの君の人生を全うしてみてはどうだろうと。それこそが君の存在意義じゃないかって。僕なら君をまるごと包み込むことができる。なぜかって、それは僕も同じように闇を抱えて生きてきたからだ。僕は小さい頃から死を怖れ、友達とも話題が合わなかった。さみしさを忘れるために目の前の愛に溺れ、その結果、僕を愛してくれた人を裏切ったことさえある。過去を振り返ると胸が痛くなる。自分は数え切れないほどの嘘をつき、そうして多くの人を騙し、傷つけてきたんじゃないかと思えてならない。君を愛するということは、そんな過去を埋め、今を生きるということでもあるんだ。だから僕は君がどうあろうとも君を心底愛したいと願っているし、またそれができると思っている」
 そこまで語りかけたとき、遠くに潮騒の音を聞いたような気がした。ドビュッシーは静かにフェード・アウトしていく・・・

 ふと目を開ける。今どこにいるのだろうと思う。
 キャンドルは最後まで燃え尽き、ラベンダーの香がごくわずかに残っている。
 咄嗟に身体を起こして枕元の時計に目を遣る。4:36という青緑色の数字だけが闇に浮かび上がっている。
 フットライトを点灯する。客室の様子がぼんやりと照らし出される。
 ベッド脇に置かれていた彼女のボストンバッグがまず見あたらない。クローゼットにかけてあったコートも、洗面台の上の化粧品も、それから履き慣れた感じのスニーカーもすべてなくなっている。部屋履きのスリッパはきちんと揃えて置いてあるし、ソファの上に脱ぎ捨てていた僕の服もそこにきちんと畳んである。僕は一瞬、最初から明子はいなかったのではないかと思う。
 頭の中に現実感覚が戻ってきたとき、しまったという思いが全身を駆け巡った。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

作者

スリーアローズ

Author:スリーアローズ
*** 
旅に出ましょう
それも
とびっきり寂しい旅に・・・

最新の文章
リンク
みなさまの声
カレンダー
04 | 2017/05 | 06
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -
目次
月別アーカイブ
検索フォーム
QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。