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鎌倉物語 48

 震える手で電話をかけてみるが彼女は出ない。出るわけがない。
 つまり予感は的中したのだ。僕はずっと、この瞬間が頭から離れなかったのだ!
 もしこのまま明子が僕の元に戻ってこなかったら、僕には連絡の取りようがない。僕は彼女の電話番号とメールアドレス以外に連絡手段をもたないのだ。着信拒否されれば、それでおしまいだ。
 僕たちは三年間も一緒にいながら、じつはとても脆いつながりしか共有していなかったことを痛感させられる。今思えばすべて明子の思惑通りだったのだ。
 しかし、だからといって何もしないわけにはいかない。まだこの時間だ。明子はまだ鎌倉のどこかにいる。
 僕はほとんど無意識のうちに靴下に足を通し、スニーカーを履いた。鏡を見ると頭髪はずいぶんと寝ぐせがついていてペリカンの後頭部のようになっているが、この期に及んでヘアスタイルになど頓着していられるはずがない。
 とにかく急いで外に出ようとしたその瞬間、テレビの横のスペースに白い封筒が置いてあるのが目についた。明子からのものだった。
 
貴史君へ
 突然こんなことになってごめんなさい・・・
 今私は一階のレストランにいます。あなたはお風呂に入ってます。
 ここはとってもすてきなホテルですね。いいホテルをとってくれて、ありがとう。あなたにはほんと、感謝しきりです。こんなできそこないの私にずっとやさしくし続けてくれて、とっても嬉しかった。でも、その分申し訳なさもあるのです。
 これ以上あなたのやさしさに甘えるのはよくありあせん、あなたの人生を狂わせてしまうから。
 別れたいというのではなくて、別れなければならないのです、私たちは。
 要するに私は普通に生きていくのが難しい人間なのです。一般社会というものの中にいても、役に立たないのです。あなたも分かってるはずです。
朝、電車の中でも言ったけど、これまでたまらなさの中で生きてきました。主人は犠牲者だっていう無念がずっとあるのです。彼は絶対に死にたくはなかった、ましてやあんな形で。この世に大きな未練を残したまま独りで旅立ってしまった。だから私は、せめて彼を私の中で生かしておいてあげたいって、そんな思いを抱えて生きてきた。
 でもね、時間の経過と共に心というのは少しずつ形を変えてゆくものなのですね。何年も同じたまらなさを抱えながら生きるのはつらいもの。それで、本能的に苦しみを緩和する方向に心が適応しようとするのかもしれない。
 ある時、彼の死を受け容れている自分に気づいたのです。心が穏やかになっていました。初めはそんな自分に疑いをもち、許せませんでした。
 でも、いろいろな本を読んでいると、それはごく自然な変化だったんだって思えるようになった。つまり生きることと死ぬことには、そんなに大きな差はないことを知ったのです。怖れたりするから死は暗いわけであって、きちんと受け容れることができれば、もっと身近に感じられる。
 あなたもよく知っているとおり、私って、因縁とか必然性とか、その手のことを信じるタイプです。だから今回、あなたと二人で鎌倉に来たというのも、私の人生に予め組み込まれていたことだって思っています。あなたの部屋でテレビを見ながら鎌倉に行きたくなったところから、すべてが始まり、すべてが終わったのです。
 私、鎌倉には強い思い入れがあります。あなたには内緒にしてきましたが、じつは、私と主人にとって、鎌倉は決して忘れられない場所なのです。
 彼が亡くなった後によくここに来ていたのは、今思えば、彼の面影を探すためでした。すべてが昨日のことのように思い起こされます。
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Author:スリーアローズ
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