スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

鎌倉物語 52

 やっとのことで若宮大路に入った時、マークⅡの挙動は次第に落ち着きを見せ、ようやく時速四十キロ以上で安定走行できるようになっていた。
 ひとまず胸をなで下ろすと同時に、昨夜まさにここを走っている時に明子が泣いたことを想起した。それはまるで、十年前の出来事のようにも思われた。

 まもなくして、鎌倉駅の標識が視界に飛び込んできた。
 僕は星条旗の三角巾をかぶったままの支配人に、いったん駅に寄ってもらうように頼んだ。
 すると彼は「かしこまりました」と軽快に言い、いかにも重そうなハンドルを左に切った。
 駅前広場の静けさは冴えわたっている。昨夜の賑わいが嘘のようだ。僕は全力疾走に近いスピードでホームへと入り、明子の姿はどこにも見えないことを確かめてから、再びマークⅡの後部座席に飛び乗った。
 次は鶴岡八幡宮に行ってもらうように頼む。支配人は横目で僕を見ながら「はい」と応え、クラッチを踏み込んでギアを入れる。
 マークⅡは若宮大路を力強く北上する。道路の真ん中には車道よりも一段高いところに歩道が造ってあり、鬱蒼とした並木が続いている。
 その特別扱いの歩道が終わった所には、巨大な赤い鳥居がそびえ立っている。支配人はその下でマークⅡを停め、「着きました」とやはり事務的に言った。
 僕が心の底から礼を述べていると、支配人は顔を半分だけこちらに向けて「たいへん申し訳ございませんが」と話の腰を折った。
「朝食の準備がございますので、私はいったんホテルへ戻ろうと思うのですが」
「もちろん。後はタクシーを拾って帰りますよ」
 僕はそう言って、再度礼を述べた。
「それから、朝食の予約は七時となっております。昨日も申しましたがオーダーストップは一応八時半となっておりますが、できれば御予約の時間に間に合うように来て頂ければ幸いに存じます」
 スピードメーターの横のアナログ時計は、五時半を少し過ぎている。
「分かりました。何とかそれまでには戻るようにします」
 僕が答えると、支配人はこう言ってきた。
「あれでしたら、もう三十分遅らせてもよろしいですが」
「それは、正直助かります」
「では、七時半にお待ちしておりますので」
 支配人はそう言い残し、再びマークⅡを走らせた。その排気音で鳥居の下の広場に群がっていた鳩が一斉に飛び上がった。  
 空はうっすらと白みがかり、鳥居の間からは八幡宮の境内も広く見渡すことができる。まさに「いざ鎌倉」の終着点らしさが漂っている。
 僕は大きく息を吸い込む。
 すぐ目の池には半円の橋が架かっていて、それを渡ったところから始まる参道の両側には松が威嚇するかのようにそびえ立っている。遙か先に浮かび上がっている朱塗りの建物が本殿だ。
 本殿は、静かに、それでも何かを言いたげに、僕を見下ろしている。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

作者

スリーアローズ

Author:スリーアローズ
*** 
旅に出ましょう
それも
とびっきり寂しい旅に・・・

最新の文章
リンク
みなさまの声
カレンダー
03 | 2017/04 | 05
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -
目次
月別アーカイブ
検索フォーム
QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。