スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

鎌倉物語 53

 もしこの境内の中に明子がいなければ、その瞬間、ジ・エンドとなる。僕にはもう心当たりがない。逆に言えば、焦る理由などどこにもない。心は意外なほど落ち着いている。
 早朝の参道を本殿に向かってまっすぐに進む。風はひんやりと冷たく、木の葉のこすれ合いが緑の香りを運んでくる。
「流鏑馬馬場《やぶさめばば》」と記された砂利道を過ぎると、目の前は左右に開け、いくつかの朱塗りの楼閣が姿を現し始める。
 左手には手水舎《ちょうずや》があり、正面には能楽の舞台を思わせる吹き抜けの建物がある。
 さらにそこを進むと、いよいよ長い石段が現れる。鶴岡八幡宮の本殿が僕を見下ろしている。
 第一段目に足をかけた時、身震いがする。これまでここに足を踏み入れた人は数え切れない。頼朝も実朝も政子も、おそらく中原中也も・・・
 そんな、数え切れぬ人々の魂が染み込んでいる石段を一歩上がるごとに、本殿が迫ってくる。
 半分ほど上《のぼ》ったところで、左手に巨大な切り株があることに気づく。ふと足を止めると、そばには看板が立ててあり、こう記してある。
「長年の間鎌倉の歴史を見守ってきた大銀杏は、このたびの台風で倒れてしまいました。千年の樹齢を数え、関東大震災でも倒れなかったのに非常に残念です。現在は移植を済ませ、新たな芽が出てくるのを祈るばかりです」
 つまりこれは、公暁が実朝の首を取るために隠れていた銀杏の切り株だ。
 ついに僕は実朝最後の場所にたどり着いたのだ。よりによってこんな切羽詰まった状況でここへ来るとは、しかも当の大銀杏は倒れているだなんて、想像だにしなかったが。
 この切り株を眺めていると、昨日の実朝の墓を思い出し、彼の和歌が胸の奥に聞こえる。
 
大海の磯もとどろによする波 われてくだけて裂けて散るかも

われてくだけて裂けて散るかも・・・

 再び石段の上の本殿を見上げる。僕には確信がある。明子はこの石段の先に必ずいる。
 僕は再び歩を進める。
 石段には僕の影がギザギザになって染みこんでいる。振り仰ぐと、雲に囲まれた朝日がぼんやりと天空ににじみ始めている。僕は明子の気配を感じる。
 
 だが、石段を上り切って荘厳な本殿にたどり着いても彼女の姿は見えない。そんなはずはないと、必死に見回してみる。明子はここにいなければならないのだ。
 楼閣に塗られた朱色がしだいに鮮やかになり本殿周辺の様子がはっきりとしてくればくるほど、そこに人の気配はないということも明らかになってくる。
 ため息をつき、きびすを返し、今上ってきた石段の上から風景の全体を見下ろす。視線の先にはついさっき支配人がタクシーを停めた大鳥居があり、そこを起点として、若宮大路がまっすぐに南に向かって続いている。そのはるか先には湘南の海が広がる。昨夜ホテル「NAGISA」の部屋から見た海だ。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

作者

スリーアローズ

Author:スリーアローズ
*** 
旅に出ましょう
それも
とびっきり寂しい旅に・・・

最新の文章
リンク
みなさまの声
カレンダー
03 | 2017/04 | 05
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -
目次
月別アーカイブ
検索フォーム
QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。