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鎌倉物語 56

「君の手紙を読んで、それからネットの履歴を見た時、寿福寺のやぐらを出る直前のことを思い出したんだ。あの時、君はやぐらの中にしゃがみ込んでいた。そばには山本氏がいて熱心にシャッターを切っていた。夢なのか現実なのかさえはっきりしない。ベッドの上で金縛りにかかっている瞬間に近かった。とにかく僕はずいぶんと混乱した。あの時山本氏は、やぐらの中の君を見て、生きながら死んでいるんだと冷静に説明した。それから、彼女は自由だとも言った。そんな光景を見せられてたまらなくさみしくなったんだ。何より君について山本氏の方から説明を受けるということが耐え難かった。しかも君は山本氏の説明が正しいということを証明するように、やぐらの中で言ったんだ、ここには無条件の平安があるってね」
 明子は僕の顔を見た。疲れ果てた眼球をわずかに震わせながら、ここへ来て初めて僕の顔を正面から見た。
だがしばらくすると、再び力のない視線を僕の喉元辺り投げ捨てた。それからまた首を横に振り始めた。
「どうした?」
 明子はひとしきり首を振った後で、小さく答えた。
「わからない。何がどうなってるのか、全然わからない」
「簡単だよ」
 僕は言った。
「君は死んでなんかいないんだ」
 彼女は振り子が自然に止まるように、首を振るのをやめた。
「もし君がほんとうに死んでいるのなら、どうして君は今そんなに苦しまなければならないんだ?」
 鳩が八幡宮の入口に向かって一斉に飛び立って行った。鳩たちの作る影が去った後で僕は続けた。
「もう一つ、どうしても解せないことがある。君は寿福寺で僕のそばに女性を見たと言った。それは僕がずっと想い続けている人で、僕のすぐ近くにいる、そして僕が手をさしのべればその女性は僕の元に戻ってくると言ったね」
 明子は全く無反応だ。
「その女性というのは、君のことじゃないだろうか? たしかに思い当たる女性がいないわけじゃない。でも彼女たちが今なお僕のそばにいるとはどだい考えにくいし、何より僕にとっては完全に過去の話だ」
 自分が腹話術師に操られている人形のように思えてくる。
「寿福寺での君はまるで別の魂が宿ったかのように明るかった。何らかの霊感が降りてきて視野が広がったというのは本当だろう。でも、君が見た女性というのはまさしく君だったんだよ。そうとしか考えられない。事実、僕の心の中には君以外いないんだから」 
 彼女の閉ざされたまぶたの隙間から一筋の雫がこぼれ落ちた。昨夜のタクシーの中に続いて、僕が見た二度目の涙だった。
 すると、誰かが竹箒で地面を掃く音が境内に響き始めた。
「いずれにしても、僕たちは今別れるべきではない」
 僕は自信を持ってそう言い切り、彼女の手からボストンバッグを引き取り肩を抱いた。
 だが明子はすんなりと応じず、華奢な肩に力を込めて抵抗した。
 しまいにはすとんとしゃがみ込み、両手を顔に当ててむせび泣いた。
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Author:スリーアローズ
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