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鎌倉物語 59

 そうやって海に目を遣ったまま、彼女は静かに声を上げた。
「想い出すね」
 僕は首を傾《かし》げた。
「初めて旅行に行った時のこと。仙台のホテルでお酒飲んだね」
 僕は頷《うなず》きながら「ああ」と返した。
「こうやって外で食事することもほとんどなかったね」
「昨日あったじゃないか。無窓庵でビーフシチュー食べたし、夜はマクドナルドにも行った」
 僕がそう言うと、彼女は乾ききった笑みを浮かべた。
「いっそのこと愛想を尽かしてくれた方がいいのよ」
 明子の言葉には重みがこもっている。しかし僕はあえて何もコメントしない。
明子は、海に向かって空の色と同じため息をついた。
 僕は紅茶を飲んだ後、さっきよりも冷たくなったクロワッサンをちぎって口に入れた・・・

「あなたは私に未来を向いて生きなさいって言う。それができればどんなに素敵だろうっていつも思ってるのよ。でもね、私は愚かだから、どうしても過去を忘れることができないの」 
 明子はセルロイドの人形のような冷淡さでそう言う。
 とはいえ、そのネガティブな言葉は僕の心を傷つけない。再び明子と二人でこの部屋に戻ってきたことを、命拾いでもしたかのように尊く感じているからだ。
「仙台のホテルで、あなたに過去の話をした時、何だか信じられなかった。まさか誰かに打ち明けるだなんて思ってもみなかったから」
 明子は、僕と彼女の間にある何かに向かって話しかけているように見える。
「しかも言葉として外に出した途端、自分を苦しめていた過去とはこの程度のこと だったのかとさえ思ったのよ。でもね、それって、とても怖いことなの。死んでいった者にとっては、忘れられることほど哀しいことはないはず」
 僕は備え付けのポットで淹れたインスタントコーヒーを口にする。レストランで飲んだ紅茶と比べるとさすがに劣るが、それはそれで構わない。
 明子は鶴岡八幡宮で見せた表情からすると、ずいぶんと落ち着いている。支配人と奥さんが作った朝食が効いているのかもしれない。
 ただ、いつまた変調をきたし、僕の前から走り去るのかわからない不安定さを孕んでもいる。彼女のバイタリティは、昨夜のキャンドルのようにゆらゆらと揺らめいていて、今にも消えてしまいそうだ。

 すると明子は、だしぬけに口を開け、僕の目にうつろな視線を送ったまま、「あ」という声を出した。
「そういえば、山本さん、亡くなってるみたい」
 僕も口を開けたまま、彼女の口を凝視した。
「亡くなってからもう五年経ってる」
「ごめん、ちょっと、話がよくつかめない」
 明子は表情を変えずに、再び顔を海の方に向けた。
「私も何かの間違いだと思った。でも、インターネットで調べると、たしかにそう書いてあったの」
「君はだまされてるんだ」
「何に?」
「何って、そりゃ、あの人にだよ。まさか昨日会った人が幽霊だとでもいうのかい?」
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Author:スリーアローズ
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