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鎌倉物語 63

 そんなことをつぶやくとは、彼女は今、愛を求めているのだろうかと思う。
 ただ、もしそうだとしても、彼女の求める愛の形というものが僕にはつかめない。
 つかめそうで、つかめない・・・

「それで、結局静御前はどうなったの?」
 僕はあくまで話を前に進めることにした。
「運良く、斬られなかった。それほど頼朝は政子を頼ってたのね。英雄にはたいてい陰で支える女性がいる。基本的に女は強いのよ」
 明子は目を細めてしみじみと述懐し、その後で諦めたように笑いながらこう続けた。
「まあ、中には私みたいにどうしようもなく弱い女もいるけどね」 
 彼女はうつろな目を海に向ける。空はいっこうに晴れる気配がない。

「ずいぶんと話が横にそれちゃったけど、静御前が舞ったのは、私たちが結婚式を挙げた舞殿だと言われてるのよ。私がそのことを知ったのは主人が亡くなった後のことだけどね」
 明子は動かなくなった指先に視線を落としてこう言った。
「だから私たちは、静御前と義経みたいに引き離されちゃったのかしら。でも、あそこで結婚式を挙げた夫婦はたくさんある。幸せになっている人も数え切れない。やっぱり、私たちはこうなる運命だったということなんだろうね」
 
 僕はぬるくなったコーヒーを飲みながら湘南の海に長く伸びる逗子の海岸に目を遣る。白く瀟洒な逗子マリーナの建物がうっすらと煙っている。それらはまるで記憶の中の風景のように感じられる。

 それから僕たちはしばらく海を見た。
 互いに別々のことを考えていたのだが、そこには数学の部分集合のように、どこか重なる領域があるということに僕は気付いていた。だから明子と一緒にいる時にしばしば感じるさみしさを抱くことはなかった。

 僕たちを取り巻く空気の潮目がやや変わったのを感じたとき、そろそろここを出ようと提案した。海を見ていた明子はゆっくりと視線をこっちに向けて、「そうだね」と返してきた。
「ところで、これからどこへ行こう?」
 それについて明子は考えたものの、取り立ててアイデアは浮かばないらしい。それで「何時までに帰ればいいのだろう?」と質問を変えた。
 すると明子は握りこぶしを唇の下に軽くあてがい、こう答えた。
「何時までということもないけど、できれば早めに帰ってゆっくりしたいかな。昨日けっこう歩いたし、何となく体がだるいの」
 
 それから僕たちは長いこと抱き合った。鶴岡八幡宮での明子とはまるで別人のように彼女の体は温かかった。

 荷物の整理をし、簡単に部屋を片づけて、一階に下りると支配人が雑巾でロビーの床を磨いていた。
 支配人はふっと顔を上げ「お、これは失礼いたしました」と言い、寿司でも握るかのように手際よく雑巾を絞って水の入ったバケツにちょい掛けした。それからポケットのハンカチで手を拭きながらフロントに戻った。
「お世話になりました、いろいろと」
 僕が言うと、支配人は表情ひとつ崩さずに「どうも、ありがとうございました」と返してきた。
 その張りのある声は絨毯の匂いのするフロアに響き渡り、潔く消えていった。
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Author:スリーアローズ
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