スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

鎌倉物語 66

「大仏って言うけど、ここは、正式には高徳院というお寺なのよ。元々は東大寺みたいな大仏殿があったんだけど、台風か津波かで流されちゃったのよ」
 明子は他の参詣者にぶつからないようにしながら言う。
「それでこの大仏だけが残ったというわけだな」
 明子はまぶしそうな顔で大仏を見ながら薄く微笑む。
「大仏さんも寒かろうな」
 思わず同情の言葉が出る。目つきが鋭いからそういう印象を抱いたのかもしれない。あるいは心なしか前屈みになっているために、たとえばストーブの前で暖を取る人のように見えなくもなかったのだ。
 その不機嫌そうな仏像の周りでは観光客が写真を撮ったり物珍しそうに指をさしたりしている。動物園のパンダさながらの扱いだ。
「仏殿が飛ばされたからこんな悲劇に遭うんだろうな」
「奈良の大仏だって、野ざらしになればこんな風に扱われるのよね」
 明子は同調してきた。
「でも、奈良の大仏殿が飛ばされても再建されるはずよ。天皇をはじめ将軍や有力寺院も崇め奉ってたから。でもこの大仏は、たしか庶民たちの寄付によって作られたんじゃないかしら。だからこんな風になってるのよ、きっと」
 なるほどね、と僕は言い、いささかあわれにも映る国宝の仏像をじっくりと眺めてみた。びっくりしたのは背面には内部への入口があって、そこに何人かの人が列を作って待っていることだった。

 この巨大な仏像の周りをぐるりと回って再び正面に戻って来た時、明子は首をひねりながらその手元に目を遣っていた。
「何度かここへ来たことがあるけど、今初めて気付いたことがある」
「何度かここへ来たことがある」という言葉だけがトリミングされて僕の耳の奥に引っかかる。
 明子は拝観受付で手にした寺のパンフレットに目を落としている。
「この大仏さんは、阿弥陀如来像だったのね」
「アミダニョライゾウ?」 
「仏の世界の中でもはるか西方にいらっしゃる慈悲深くて寛容な仏様で、死者を極楽浄土へ迎え入れてくれるの」
 明子は大仏の手元に向けて自分の手を差し出してこう言った。
「印相《いんそう》は上品上生《じょうぼんじょうしょう》だわ」
 僕には今の言葉が、日本語として認識できなかった。
「ほら、手を見て」
 僕も大仏の手に注目した。お腹の前で両手を上向きに重ね合わせ、人差し指と親指で輪を作っている。地味で真面目な印象だ。
「京都の平等院に行ったことある?」
 明子は、突然話題を転換した。
 記憶をたどってみるが、可南子と行った時も、美咲と行った時も、平等院には足を運んでいない。 
「平等院鳳凰堂《びょうどういんほうおうどう》の阿弥陀如来坐像《あみだにょらいざぞう》こそが平安期の仏像の最高傑作だという研究者も多いようだけど、あの仏像もたしかこの印相だったと思う。印相の中でも最上級で、生前に相当徳を積んだ人を極楽浄土に迎え入れるものなの」 
 僕は彼女の横顔に目を遣った。その向こうでは若い二人連れの女性が大仏をバックに写真を撮っている。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

作者

スリーアローズ

Author:スリーアローズ
*** 
旅に出ましょう
それも
とびっきり寂しい旅に・・・

最新の文章
リンク
みなさまの声
カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
目次
月別アーカイブ
検索フォーム
QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。