スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

鎌倉物語 68

 高徳院の参道を南に下ると「長谷観音前」の交差点が現れる。
 それを右に折れた所には老舗風の旅館や和風料理店、オルゴール館などが道の両側にずらりと軒を連ねていて、その突き当たりに長谷寺の山門が姿を見せる。
 背後は山に囲まれていて円覚寺を思い起こしもするが、そもそもこの海辺にはあのような深い木々はないし、あの寺の山門ほどは威光を放ってもいない。かといって寿福寺の山門ほど素っ気なくもない。さながら雷門の縮小版のようでもある。

「こうやっていろんな寺を巡ってみると、やっぱり門はその寺をよく表してるってことが分かる気がするよ」
 僕がそう言うと、明子は穏やかな視線で門を仰ぎながら、微笑んだ。
「それにしても円覚寺に行ったのが昨日のことだなんて信じられないわね」 
 僕も全く同感だった。

 この三年間ある意味均衡を保ち続けてきた僕たちの関係は、今回の旅を機に、どこかに向かって動き出そうとしている。
その「どこか」とは二つしかない。
 一つは僕と明子はこれからずっと一緒に暮らすという道、もう一つは、明子が僕の元を離れるという道だ。
 憂慮すべきは、可能性としては後者の方がはるかに高いということだ。
 もし本当に離別の道をたどった場合、僕はこれまでの自分でいられるかどうか確信が持てない。というのも、鎌倉に来てからというもの、以前にも増して、切ないほどの恋心を抱くようになっているのだ。
 はたしてこれまでの人生の中で、こんなにも息が詰まるくらいに人を好きになったことがあっただろうか? 
 
 ふと可南子のことを思う。あの時たしかに僕は可南子を愛していた。そうして彼女も僕を愛してくれていた。可南子は一見弱そうで実は芯の強い女性だった。しかし芯の強い女性というのはどこかで脆さを抱え込んでいるものだ。
 僕はまさに彼女のそういう部分が好きだった。
 だのに僕は大学を卒業してすぐに美咲に恋に落ちてしまった。地滑りのような恋だった。そのことでどれほど可南子を傷つけてしまったろう。

 今思えば、明子は可南子とどこか似たところがある。しかし明子の抱えている闇は可南子の脆さとは異質のものだ。 
 その深さは計り知れないし、何より彼女が僕をどう評価しているかのかがまるで見えない。

 とはいえ、今回鎌倉に来て、僕たちの距離が縮まったのは確かだ。
 明子を理解するということは彼女の抱え込んできたたまらなさを理解することと同じだ。そうしてそのたまらなさの世界に入り込んでいくことで、僕は彼女をより強く愛するようになった。愛とは安定や均衡の中にあるのではなく、むしろ哀しみとか無力感とかと近いところにあることも、この二日間で明子から学んだ。
 それゆえ、旅の終わりに、この長谷寺でサエキ氏との想い出に浸ろうとしている明子に対して、胸が焦がれるくらいのやるせなさを覚え、狂おしいほどに彼女を求めているのだ!

「このお寺の観音様は、ほんとうに大きいのよ」
 僕の心にまるで気付いていない明子はそう言い、本堂の方を振り仰いだ。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

作者

スリーアローズ

Author:スリーアローズ
*** 
旅に出ましょう
それも
とびっきり寂しい旅に・・・

最新の文章
リンク
みなさまの声
カレンダー
05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
目次
月別アーカイブ
検索フォーム
QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。