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鎌倉物語 71

 そんな自意識の堂々巡りを繰り返しているうちに、ある不思議な感覚が遠心分離されて心に残る。

 僕たち二人だけがこの風景から完全に切り取られている。
 
 ふと明子に目を遣る。彼女は何かを考えながら海を眺めている。サエキ氏との想い出に浸っているのだ。
 過去に二人はまさにこの場所に立ち、一緒に海を眺めた。その時の幸せに満ちた甘美な時間を明子は今追憶している。だが明子が何を考えていようとも、僕は動じない。
 人を愛するということは、たぶん、こういうことなのだ。

「ねえ」
 明子が口を開いたのはずいぶん経ってからのことだった。
「さっきの静御前《しずかごぜん》の話だけどね、彼女と義経の間に生まれた子供は、この海に捨てられたのよ」
 相変わらず彼女は穏やかな表情をしている。
「頼朝の命令だったの。もし女の子だったら助かっていたようだけど、あいにく、男の子だったの」
「義経の魂を引き継いで、リベンジしてくると思ったんだな」
 僕はそう言った後、大きく息を吸った。空気はどことなく生ぬるい。

 この海は学生時代に友達と訪ねたペナレスの風景とどこか重なるところがある。
 ガンジス河の畔には死体が焼かれる炎と臭いがすべての風景に染みついていて、灰はボランティアたちの持つスコップによって川に流される。川で沐浴をしている人々はその水を全身に浴び、中には口に含む人さえいた。
 そこには生と死の明確な区切りはなく、照りつける太陽の下、泥色の水が静かに人々を包括するだけだった。
 あの光景がこの由比ヶ浜と重なるのは、明子が義経の子供の話をしたからだ。そういえば、この近くで太宰治が入水自殺を試みたとも話していた。

 この海も、生と死が渾然一体となっているのだ。

 その明子はというと、目の前の空間をただ眺めている。そこには彼女にしか見えないスクリーンがあって、サエキ氏の幻影が映し出されている。時折彼女は微笑み、かと思えば絶望の色をにじませる。
 僕は、彼女の隣で何の執着もなく海面に浮かぶヨットたちに視線を送る・・・

「鎌倉って、ほんとうに何とも言えない場所ね」
 境内に向かって歩きながら明子は漏らす。その瞳はぼやけている。
 歩き出した時、僕たちだけ風景から切り取られたような感覚が復活してくる。

 すると、目の前には観音堂が現れる。この建物は長谷寺の本殿で、内部には十一面観音菩薩立像が安置してあるとパンフレットに記されている。外観はまるで竜宮城のようにも見える。
「京都の高台寺を思い出すなあ」
 明子は本堂に近づきながらそうつぶやく。
「高台寺って、秀吉の愛人だったねねが、彼を弔うために建てた寺なの。この長谷寺も、あの寺に似た雰囲気よね。昨日の円覚寺とは全然違う」
 明子は物憂げな視線で観音堂を見上げた。
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