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鎌倉物語 73

 観音堂の左には、何やらマニアックな通路が続いている。
 そこから先は、参詣者の数も急に少なくなる。奥に群がる竹林の脇には萩の花がちらほらと顔を覗かせているのが見える。
 明子は慣れた足取りでその道を進み、「経蔵」と記された小さな建物の裏手に入る。この区域は墓地になっていて、途端にひっそりとする。
 さらにその奥には石段が現れ、両側は紫陽花の株で覆い尽くされている。株たちは来年の開花の時期までじっとここで息を潜めているかのようにも見える。

 石段を登り切ったところには猫の額ほどの展望スペースが用意してあって、見晴台よりもさらに高い地点から由比ヶ浜を見渡すことができるようになっている。ここまで来ると、もはや人の気配はない。だからか、さっきまでは気づかなかった潮の香りが鼻の奥にまで入ってくる。

 足下にはどういうわけか多くの地蔵が置いてある。しかも、大きさや苔の生え具合によって、きれいに整理整頓してあるようだ。
 そういえば、寿福寺の裏山にも地蔵が並んでいたことをふと思い出す。
 明子はその場所の真ん中で僕の胸に顔をうずめてきた。
 僕も彼女の頭を撫でながら明子の体を自分の胸にあてがった。彼女のぬくもりが押し寄せる波のように体に浸透する。僕たちだけ風景から切り取られたような感覚をより明確に感じ取る。
 見渡すと、グレイな海面の至る所に、波飛沫が上がっているのがよく見える。
その時だった。僕は、デジャブの感覚に襲われた。
 いや、これはデジャブではない。僕の脳裏に忍び込んできたのは、他でもない、源実朝の和歌だった。

大海の磯もとどろによする波 われてくだけて裂けて散るかも
 
われてくだけて裂けて散るかも・・・

 実朝の言葉が僕の胸に何かを語りかけてこようとしたまさにその瞬間、明子が僕の胸から顔を離し、キスを求めてきた。
 僕は半ば慌てて彼女の動きに呼応した。
これが本当に明子なのかと疑うほどに積極的だった・・・

 下の方で何やら人の声がする時まで、僕たちはずっと強く抱き合い、キスをした。
 体を離した時、明子は足元を見ながら言った。
「こんなたくさんのお地蔵さんに見つめられてたなんて、気付かなかった」
「僕はずっと知ってたけどね」
 そう返すと、彼女はどこか恥ずかしそうに笑った。
 これこそ明子本来の表情だと僕は思った。
 
 ふと海を眺めると、実朝の魂がそこにゆっくり溶けていくのが分かった。
 
 いや、それは、山本耕二氏の魂かもしれなかった。
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Author:スリーアローズ
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