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鎌倉物語 75

 僕はつないだ明子の手を意識する。その手は、いつもよりか細く感じられる。
 とはいえ、明子の手を通じて、彼女が今ここにいてくれることのかけがえなさが胸にしみる。今朝、彼女は一人でホテルを出たのだ・・・

 電光掲示板が「ただいま熱海駅を通過」と表示した時、明子は「そろそろ富士山が見えるかな」とつぶやいた。
 そういえば昨日来るときには二人とも富士山を見過ごしてしまっていた。眠っていたのだ。
「でも、この天気だから見えないね、きっと」
 明子は、窓越しに空を見上げながら言う。

 そのうち、今度は三島駅を通過する。
 富士山を眺める絶好のポイントのはずが、全く姿を現さない。そこに何かがあること自体が信じられないほどに曇天が厚く覆い被さっている。
「ねえねえ、知ってた?」
 明子は外を見たまま言う。
「三島由紀夫ってね、この三島駅から見える富士山の雪から思いついたペンネームらしいわよ」
「三島って、皇居に向かって割腹自殺したあの人だよね?」
「そう、小説家とは思えないほどインパクトの強い人。たしか、一緒に新幹線に乗っていた恩師が、窓の外の富士山の雪を見て、君が作家になるのなら三島由紀夫というペンネームでいけよって助言したっていう話を読んだことがある」
「じゃあもしその時富士山に雪が積もってなかったら三島富士夫だったかもしれないな」
 そう言うと、明子はこっちに顔を向けて薄く笑った。
 僕は、この新幹線に乗って恩師の横で富士山を眺める若かりし三島由紀夫を想像した。だが、そのイメージはどうしても割腹自殺直前の血生臭い映像に収斂《しゅうれん》されてしまう。
 そうしてその映像は、鶴岡八幡宮で首を取られた実朝をも連想させる。
 今は死に関連することは考えたくない。それで僕は、三島由紀夫の想像を打ち切った・・・ 

 浜松駅を通過した時、もう富士山は見えないと諦めがついた。明子も少し残念そうな様子で窓の外を眺めている。
 僕はそんな彼女に声を掛けようとした。
 また次に来たときに見られるといいね、と。
 しかし彼女の横顔には、ただ富士山が拝めなかったということに落胆しているだけではない何かがあるような気がした。
 窓ガラスに映る明子の瞳はどこまでも虚ろだった。そうして彼女はいつの間にやら顔を窓に向けたまま眠りについてしまった。

 僕はつないでいた手をそっと離した。
 
 明子は疲れている。僕もそうだ。だから彼女がどんなことを考えていたのかはよけいに分からないし、詮索したってしようがない。
 えてして疲れているときにはどうしても物事を悪い方に捉えがちだ。だから彼女の心の中について何も考えずにこのままそっと寄り添っておこうと思う。
 それで僕も、息を細長く吐き出してから、シートに背をもたれて軽く目をつむる。
 のぞみは静かな振動音をたてながらも猛スピードで西へと向かっている。
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Author:スリーアローズ
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