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京都物語 164

 阪急嵐山駅に降り立って駅前広場を見渡した時、夢から覚めたような妙な感覚にとらわれた。前回佐織と訪れてから10年という時間が過ぎてしまったことがどうも信じられなかったのだ。浅茅しのぶの文章が頭にこびりついているのか、僕は思わず青空を見上げた。空はいささか冷淡な表情で、広く僕を見下ろしている。君は10年という時間を過大評価しすぎているのではないかねと語りかけてくるようだ。「紫式部がここに立って空を見上げたのは、もうかれこれ1000年前のことなのだよ・・・」
 10年なんて、ほんの一瞬なのだ。だとすれば人生に与えられた時間だって同じことだ。ならば僕たちは一体何のために生きているというのだろう? 死はあっという間に訪れるのだ。そして死んだら僕は消滅するのだ。だのに僕は今苦しみながら生きている。何のために苦しんでいるというのだ? 
 浅茅しのぶが言うように、たしかに空は意地悪だ。
 そんなことを考えながら空を見上げていると、隣でレイナが声を上げた。その先には橘美琴がいた。その女性は赤いダッフルコートを着て、厚手の茶色いスカートを穿いている。ショート・ボブの黒髪を古風な感じでまとめていて、いかにも京都の知的な女性という雰囲気を漂わせている。僕の思い浮かべていた姿とほぼ合致した女性だ。久しぶりに再会した割には2人は落ち着いた様子で、両手でしっかりと握手を交わした。
 レイナはさっそく橘美琴に僕を紹介してくれた。「運命の人なの」と最後に付け足したので、僕は若干取り乱してしまった。「何よ、そのリアクション、傷つくじゃないのよ」とレイナは瞳を鋭くした。すると「大丈夫。分かってますから。レイナちゃんはこういう人なんです」と橘美琴は口先に手を当てて笑いながら言った。彼女の顔ときちんと対面した時、僕はどういうわけかどきっとした。まさか恋心を抱いたというわけではない。橘美琴の瞳があまりに黒々としているがゆえに胸中を見透かされたような気がしたのだ。彼女の瞳は、たとえば、森の奥の神聖な泉のような深みをたたえて、僕の姿を捉えていた。
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