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京都物語 329

 しかし、声はどこかへ消えてしまっていた。自分のそばに手を付けると、それはすっかり冷めてしまっている。声を聞く間に、思った以上の時間が経っていたようだ。
 一隅会館を出て、再び歩き始める。さっきまでの霧はすっかり晴れ、杉の木立の間からは冬枯れの比叡の山脈が見渡せるようになっている。陽光が出ているにもかかわらず、気温は全く上がる気配がない。それでも、せっかくだから、東塔地区をひととおり見て回ろうと思い、歩を進める。
 坂を下りて根本中堂とは反対方向に進むと、大講堂と呼ばれる大きな寺院があった。内陣には堂々たる大日如来像が据えられていて、ここ比叡山で修行した高僧たちの像がその両脇を固めるように並べてある。法然、親鸞、道元、一遍、日蓮・・・僕でさえ知っている人物たちがここに籠もり、独自の新仏教を開いていったわけだ。つまりこの高僧たちも、さっきの不滅の法灯に頭を垂れたということになる。もしこの世に永遠というものがあるとすれば、きっとそんな世界なのだろうと、僕は想像した。
 昨夜六条ホテルの千明氏は、直感が大切だという話をしてくれた。その言葉がきっかけとなり、僕は直感の赴くままに比叡山に登った。もちろん、明子を捜し出すためにだ。レンタカーが山道にさしかかってからというもの、感覚が冴え渡り、様々な声が聞こえるようになった。そうして今、次なる声を待っている自分がいる。僕も真琴氏の作り上げた言霊の世界に生かされているのだ。ここまで来た以上、その結末がどうなるのか、自分の目と耳で確かめるしかない。
 だが、東塔地区を歩いても声は聞こえなかった。僕の思いを逆なでするかのように、風がますます冷たくなってきた。しかたなく僕は延暦寺会館に戻った。さっきの素っ気ない対応の女性は、依然としてフロントにぽつんと立っていた。
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Author:スリーアローズ
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