少しずつ記憶が甦ってきた。あれはちょうど今日と同じような、よく晴れた夏の夕方だった。
嵐山の大堰川沿いの宿に付いた僕たちは、それぞれの部屋に入った。メンバーの中で女の子は奈月1人だったということもあって、彼女と東山だけが2人部屋で、他のメンバーは1つの部屋に入った。僕を含めて男4人の部屋だった。さっき奈月が言っていたように、みんな泳ぎ疲れていて、せっかくだから街に出ようと僕が提案したものの、彼らは押入から枕を取り出し、横になってテレビを見ているうちに眠り込んでしまった。それで僕は、1人で街ることにしたのだ。
あの時の情景が次々とつながってゆく。
ホテルを出てほんの少し歩くと渡月橋があった。橋を渡ったあたりから観光客がどんどん増え始め、嵐山の商店街は、まるで何かのお祭りのように賑わっていた。人混みに紛れても、僕は決して気詰まりではなかった。むしろ楽に感じられた。これでゆっくりと幸恵のことを思い浮かべることができる、あの時たしかに僕はそんなことを考えた。
それでも麻理子にはちゃんと連絡しとかなければならなかった。僕が付き合っていたのは麻理子の方だったのだ。それで僕は彼女に電話を入れた。だが、あの時話したことは何1つとして覚えていない。きっと、当たり障りのない会話をして、そのまま電話を切ったのだろう。
その電話を終えた後、幸恵のことだけを考えて僕は商店街を巡った。彼女が喜びそうな土産を買って帰りたいと思った。
街は熱気に満ちあふれていた。たくさんのカップルが幸せそうに歩いていて、その中に、僕と幸恵のような秘密の恋に落ちているカップルはいないものかと、きょろきょろ見回したのを覚えている。だがそんなことを考えているうちに、急に寂しくなった。今頃幸恵は彼女の夫と2人で出かけているかもしれないと思うと、いつものように胸が詰まってきたのだ。
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