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キラキラ 158

 その瞬間、光源氏の帰りを都で待つ紫の上のことをふと思い出した。そういえば彼女は、夫との別れの際に、「鏡」を和歌に詠み込んだ。たしか「別れても鏡の中にあなたの影が残るのであれば、せめてもの慰めになるでしょう」という切実な思いが詠まれていたはずだ。
 大堰川の水面に映る空を見ていると、幸恵のことだけを頭に浮かべながら歩いたあの時の光景が甦ってくる。不思議なことだ。明石から京都に入った時には、前回の記憶がきれいに消えてしまっていたのだ。それが、今こうしてここを歩くと、まるで1ヶ月前の出来事のように鮮明に想起することができる。
 渡月橋の袂にはこぢんまりとしたみやげ屋がある。あの時僕はここでソフトクリームを食べたのだ。抹茶ソフトの看板が出ているが、どうしてもバニラ味が食べたかった。そのソフトクリームをなめるうちに、麻理子への罪悪感がしだいに和らぎ、ますます幸恵のことしか考えられなくなったのを思い出す。
 あの時僕は幸恵にがまくちを買った。真っ赤な生地に薄いピンクの模様が入ったがまくちだった。僕はそれを大事に持ち帰り、彼女に渡した。彼女は少女のような顔をして「まぁ、かわいい」と声を上げてくれた。今振り返れば、何とも恥ずかしいことをしたと思うが、あの時はとにかく必死だった。部屋に飾るものよりも、常に携帯するものを選んだのもそういうことだ。
 大堰川のせせらぎが耳に入ってくる。夕方とはいえ熱気を帯びた風が汗で濡れたTシャツに触れる。奇しくもたった今、奈月は消滅と再生の話をした。鏡のような川面を見た時、そこには僕の過去が映し出されているような気がした。それは、麻理子と幸恵の、消滅と再生の記憶だった。
 だが僕は幸恵を手に入れることはできなかった。そして彼女への思いを断ち切って以来、僕は誰も愛することができないでいる。臆病になっているのかもしれない。いや、全てを焦がすほどの恋に出会っていないだけなのかもしれない。あの恋は再生されていない。一生再生されないかもしれないとさえ思う。心の鏡はずっと曇ったままだ。
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Author:スリーアローズ
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