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キラキラ 183

「『松』の木に『待つ』という意味が重ねられてるってわけだ。待つ人のいる方から吹く、松風か」と僕は情景を思い浮かべながら言った。するとまた障子の向こうのガラス戸に風が当たった。
「平安時代は、この辺りには松の木がたくさんあったんでしょうね」と奈月は僕の言葉に共鳴するかのように言ってきた。目が暗がりに慣れてきたのだろう、奈月が窓の方に向けている顔の輪郭が見てとれた。
 障子の外はぼんやりと明るくなり始めている。奈月は「あ」と声を上げた。「もしかして、月が出てるのかもしれないですね」
 彼女はやおら起きあがり、障子戸を開け、窓も開けた。風が草木を揺らす音が同時に入り込んでくる。彼女は窓から身を乗り出し、空を見上げた。
「あー、月が出てたんですね。後ろの山に出てたから気づかなかったんだ」
 僕は薄明かりに照らされる奈月の浴衣姿をぼんやりと眺めた。さっき奈月は、今も平安時代もあまり変わらないと言ったが、僕も同じようなことを感じ始めた。
「窓を開けといた方がいいかもな」と僕は、彼女の後ろ姿に向かって言った。奈月は「風が気持ちいいですからね」と返してきた。それで僕はリモコンで冷房を切った。その瞬間、静寂がさらに深まった。
 奈月は縁側に置いたバッグの中からしおりを取り出し、窓際の薄明かりにそれを差し出して、「東山君のこのしおりも、いよいよ終わりですね」といとおしむように言いながらページを開いた。
「明石の君に同伴してこの大堰に移り住んだ、母の尼君がこんな和歌を詠んでます。

身を変へて ひとりかへれる 山ざとに 聞きしににたる 松風ぞふく

 世をはかなんで尼に身を変えて帰ってきた山里に、明石で聞いたのによく似た松風が吹いている。そんな情感が詠まれてます」
 奈月がそう説明した瞬間、遠くから土の匂いも入ってきた。
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スリーアローズ

Author:スリーアローズ
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