「お告げ?」と僕は言った。すると奈月は身体ごとこっちに向けた。浴衣の擦れる音が闇に覆われた部屋の隅々に当たった。「東山とのニアミスに、いったいどんなお告げが込められてるっていうんだ?」
僕がそう聞くと、奈月は「私と東山君との関係を象徴してるような気がするんです」と答えた。
その言葉だけで、僕には奈月がどんなことを考えているのかが大体伝わった。ふと胸に浮かんできたのは、さっき奈月が語ってくれた明石の君の話だった。
失意の日々を送っていた明石の君にとって、光源氏との子である姫君の誕生でさえ、寂しさを根本から埋めることにはならなかった。それが、住吉詣の折に、目映いばかりの源氏の行列とたまたま出くわし、彼女は心に大きな痛手を負う。だが、後で考えれば、そのことが2人を引き合わせたわけだ。明石の君はますます源氏のことが頭から離れなくなるし、源氏も彼女の苦悩を思うと、いてもたってもいられなくなる。2人の邂逅はまさに、住吉の神による『お告げ』だったのかもしれない。
かたや、奈月と東山は1週間の差で会えなかった。しかもその事実を知っているのは奈月だけだ。おそらく彼女も心に何らかの痛手を負っているだろう。これは対等ではない。もちろん、すでに家族をもつ東山が奈月と出会ったところで何がどう変わるわけでもなかろう。奈月が僕と2人でいることに驚くくらいのことだろう。僕は知っている。東山とはそういう男だ。
奈月が嫌いだという「縁」という言葉が頭の中をゆっくりと横切ってゆく。明石の君には縁があり、奈月にはなかった。
思わず奈月の肩に手を回す。すると彼女は僕の腕の中に入ってきた。その時、窓の外からさっきの獣の声を聞いたような気がした。奈月に尋ねてみると、何も鳴いてないと返ってきた。僕の幻聴なのか、それとも奈月には聞こえなかったのか?
すると奈月は突然「先輩、私って、つくづく縁のない女ですよね」と言ってきた。
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