「でも、無量光寺を出る時には、ものすごい寂しさに襲われたんですよ」と奈月はいきなり声を落とした。
「ほんの1週間前に、東山もあそこに行ったことを知らされたからだね」と僕が問うと、彼女はうんざりしたふうにため息をついて「だから先輩、東山君とは関係ないんです」と今度は語気を強めた。
「東山君のことなんかじゃなくって、この旅が終わったら、すべてが終わることが哀しかったんです」
僕は「終わりじゃないよ」と彼女の言葉をかき消すように答えた。「これからも、互いに連絡しあうことはできる。奈月さえよければ、会うことだってできるよ」
すると奈月は哀しげに小さく笑い、その後で何かを言いかけたが、結局その言葉は彼女の無気力の中に埋もれてしまったようだった。そうして彼女は、話題の矛先を少しずらした。
「よく考えれば、私が『宿世』を感じた無量光寺って、光源氏と明石の君が初めて出会った場所じゃなかったんですよね。2人はあそこから離れた『岡辺の宿』で出会ったんでした。明石の君は、たしかに源氏を愛することによって苦悩を味わうことになったけど、最後には妻になることができたわけです。幸せといえば、幸せだったんですよ」と奈月は他人事のように言い、「私にはつかむことのできない幸せです」と付け加えた。
「でも、奈月は、それ以上の幸せをつかむかもしれない」と僕は言葉をかけた。「明石の君よりももっと満たされた幸せを、奈月はつかむことができるかもしれないよ」
奈月は一瞬だけ動きを止めた。その直後に、あたかも風船がしぼんでゆくように、少しずつ全身の力を抜き始めた。その姿からは落胆の色が感じられた。力が抜けきった後で、彼女は口元を動かし、言葉を絞り出した。
「さっきからずっと言っている通り、私の人生は、六条御息所と重なるところが大きいんです」
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